1.「瞳は左右非対称の色」


 ──そよぐ風、頬にはザラザラとした土の感触。


 私はわずかに目覚めたが、未だ朦朧もうろうとした意識は眠りたがっていた。

 眠気に全てをゆだねて目をつむろうとした私を何者かが抱き起して額の髪をかき上げ、そのまま温かい手のひらを傷口に押し付けてくる。


「痛っ……!」


 反射的に声を上げる。しかし、私を抱き起した主は動揺せず、行為を続けた。

 私は半覚醒状態の中、ぼんやりとした焦点をなんとかその主に合わせようとした。 


 ──そして、彼と視線が重なる。

 整った顔立ちに栗色の髪。装いは戦士か……それにしては垢抜けており、雰囲気は見知った騎士たちに近い。


 相手が本物の人間だったという事に安堵したのか、そこまでで緊張の糸が切れる。

 私は再び、意識を失った──




*




「……悪かったな、最後まで旦那だんなに任せきりで」


 女騎士を介抱している間、彼の背中は無防備だった。

 だが、その背中を守って戦っていた者がいる。


 ──いな。別に守っていた訳ではないか。


 ただ標的である魔物モンスターを次々とほふっていただけだ。男が手にした剣を振るう度に、人の形をした魔物たちは一体、また一体と倒れていく。……そうして、大した時間もかからずに全滅させてしまった。総数は二十を超えるというのに、だ。


『そっちはどうだ』


 使い古した外套マントをはためかせながら、旦那と呼ばれた男が話しかける。


 さやは乱戦前に投げ捨てたので両手剣は抜き身のままだ。革の胸当てなどで武装し、如何いかにも傭兵といった彼の恰好と違い、服装は村人の普段着とほとんど変わらない。それこそ外套マントの有る無しでしかない。


「旦那の言う通り、息はあったよ。ただ、他の面々はやっぱりダメだ。仮に生きてたとしても、俺の"応急処置ファーストエイド"じゃ助けられないけど……」


『馬車を見てくる』


「頼む。あと、馬の様子も見てくれ。白昼堂々の乱戦に関わらず、立ち往生しているなんて普通じゃない」


 基本的に馬は繊細せんさい臆病おくびょうな生き物である。

 ……それにも関わらず、戦闘になっても微動びどうだにしないというのは明らかに様子がおかしかった。


『──魔法か、何かか』


「おそらくね。もしも、なんともないようなら犠牲者を馬車に積み込もう。王都からそんなに離れてないし、神官が蘇生できるかもしれない。例え無理だったとしても、墓参りにもこれない場所に埋葬まいそうするよりはよほどいい」


『了解した』


 すそがボロボロになった外套マントひるがえし、男は道のそばに停車していた馬車に向かう。

 両手剣バスタードソードを片手で握ったまま、歩いている後ろ姿に油断も慢心も無い。


「──う」


 その時、腕の中の女騎士がうめくのが聞こえた……かすかに薄目うすめを開け、今度こそ目が覚めたらしい。


「貴方は……?」

「俺はローウィン。しがない傭兵さ」


 簡潔に自己紹介する。……会話は難しいと判断したからだ。

 彼女は頭を負傷していた。昏倒こんとうしていたのはそれが原因だ。敵か味方か知らないが投石が運悪く直撃したらしい。近くに血のついた石が落ちていた。


「無理に動こうとしない方がいい……頭の怪我ってのは厄介だから。応急処置で傷は塞いだけど」


「あなたは魔法使い……?」

「違うよ。"内なる力"を活用しただけさ。大したものじゃない」


 ……一方、幌馬車ほろばしゃの方に近付いた男はまず、荷台の中を覗き見た。

 そこに積まれた物資は見て判断する限り、特に荒らされた形跡はない。


 ──当然か。一昔前とは違い、愚鈍な"屍鬼"リビングデッドは道具を扱えるほど進歩したもののそれでも最下級の魔物である。相変わらず通りかかった者に見境なく襲い掛かることしか頭にない。それ以外のことはまだ出来ないのだ。


 男は幌馬車の後方から前方に回り込む。馬の様子を見る為だ。

 馬車は二頭立てて、馬は双方ともに大人しく直立不動している。……というより、眠っている?


「(魔法による眠りだ)」


 彼の耳に風の囁きが届けられる。

 不確かな声なのに明瞭とした意図が伝わってくる。実際には耳ではなく直接、心に届けられているのかもしれない。


『……魔法、か』

「(──後ろだ!)」


 突如として発せられた警告に何ら疑うことなく、男は反転しながら剣を横一文字に薙ぎ払った! 剣を両手で構えながら、慎重に気配を探る。周辺には何もいない──ように、見える。


 ……いや?


『!』


 男は前方に跳びこみ、上段から斜めに剣を振り下ろした!

 手応えはない、空振りだ。しかし、狙うべきものは理解した。僅かな時間、様子をうかがうと先程と同様、そちらに向かって迷いなく跳びこんでゆく!


「旦那は何をやっているんだ……?」


 ……そんなやり取りを何度か繰り返し、今は馬車とも二人とも離れた道の真ん中にいた。男の周囲はそこかしこで土がぼこぼこと盛り上がっている。先刻、彼が倒した魔物どもの残骸だ。魔物は倒すとに戻るのだ。


 男は油断なく、両手剣を中段に構えている。


 ──その時、突如として彼の前方の空間が揺らいでが姿を現した。


 大きな丸つばの黒いとんがり帽子は先端が猫の鍵尻尾かぎしっぽのように折れている。

 その特徴的な帽子のつばに隠れて、顔は下半分しか見えていない。


 肩には表も裏も帽子の色と同じく、黒一色で染め抜いた外套マント羽織はおっている。

 服装で目立つ要素はそれくらい。左手に紳士用のステッキを持ち、地面についていた。

 何処からどうみても、その乱入者は魔法使い──或いは魔術師である、か。


「旦那!」


 事態の異常を察知し、ローウィンも彼の元に駆けつける! 

 帯剣した長剣をいつでも抜けるように手をかけながら、その上で魔術師に問うた。彼が敵対者か、否か──


「……アンタ、何者だ?」


 魔術師は手にした杖の杖頭じょうとうで、帽子のつばを押し上げる。瞳は左右非対称の

 右目は人間の、しかし、左目は先の魔物と同様に黒く伽藍洞がらんどうで、その中に赤い光が輝いていた。


 やはり、彼は尋常の者ではなかったのだ。


「精霊の加護を受けたお前と、失った俺。一目ひとめ、見ておこうと思ったんだ。感傷と、僅かな好奇心だよ」


 答えになっているのか、いないのか──魔術師は聞かれてもいない動機を話した。

 もしくは最初から、ローウィンなど眼中にないのかもしれぬ。


「……興味もなしか、さびしいな。?」


 魔術師が言い終える前から、男は手にした剣を振りかぶりながら駆けだしていた!

 敵と直感したからには斬り捨てる。怜悧冷徹れいりれいてつとした状況判断だ。それを後押しするように精霊からの警告も無い。


 ──だが、ひとつだけ見誤っていたとすれば、彼我ひがの実力差である。

 男は油断も慢心も無く斬りかかったつもりだろうが、それでも魔術師にしてみればあまりに隙だらけだったのだ。


「旦那!」


 身体の中心、おそらく心臓があると見られる箇所を威力を伴った魔力が貫通した。

 衣服、肉、骨に至るまで虚空こくうえぐり、彼の胸にはぽっかりと穴がいていた。

 男の外套マントひるがえる。ローウィンは背中の穴を呆然と見つめていた。


「旦那ぁ!!」


 ローウィンの絶叫が、辺りにこだました──




*****


<続く>

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