AIによる優雅な生活

摂津守

AIによる優雅な生活

 20XX年、超高性能AIの普及により人類の生活は一変した!


 超高性能AIが誕生して最初に導入されたのは創作界隈、いわゆる芸術とかサブカルチャーといった分野だった。

 なぜ超高性能AIの最初の導入が芸術とサブカルチャーなのか? これには理由がある。今までにない新しい技術である超高性能AIの社会導入は危険な結果をもたらしかねないと有識者たちの中でも批判と否定の声が強かったためだ。

 ならばまずは様子見ということで、実社会生活には影響を及ぼしにくい分野、つまり創作界隈、いわゆる芸術とかサブカルチャーの分野に限定して先行投入されることになったのである。


 超高性能AIは瞬く間に創作界隈のあらゆるジャンルの作品を学習し尽くした。結果、プロ並みの技術を獲得するに留まらず、プロ顔負け……いや、プロさえ凌ぐ作品を短時間で大量に生み出せるようになった。

 だが、超高性能AIの真の価値は別にある。超高性能AIの本当の凄さはそれが誰もが所持可能かつ誰でも簡単に扱えるという点だ。以前のAIときたら呪文のようなコードを打ち込む必要があったり、専門的な知識を要することが多々あったが、超高性能AIはあーしろこーしろと口頭で指示するだけでいいのだ。


 これは超高性能AIさえあればドの付く素人でもプロと等しい、いや、プロを凌駕する技術を身に着けたのと同義である。


 おそらく誰もが人生で一度はこんなことを考えたことがあるはずだ。プロ並の絵が描けたらな、プロ並みの漫画が描けたらな。プロ並の音楽が作れたらな、えとせとら……それが簡単かつ一瞬で実現できる時代がついに訪れたのである。


 創作への参入障壁である『技術』が完膚なきまでに破壊された結果、AI以後の世界はAI以前と比較にならないほどの爆発的速度で創作物で溢れた。創作の歴史の転換期である。


 AI以後は望めば誰もが作家であり、作曲家であり、漫画家である。全人類が創作者の時代、誰もが自分好みの創作を自由自在に行える時代……


 世はまさに大創作AI時代である。



 ……………………


 深夜の自室で男は今日も一人創作にふける。

 今日は漫画だ。といっても手を動かすことはほとんどない。筆を持つことも楽器を持つこともない。

 必要なのは超高性能AIが搭載された機器だけだ。ときおりそれに触れたり口述するだけだけでいい。大創作AI時代の創作とはそういうものである。なんなら何かの片手間でも創作できるのだ。たとえゲームをしていたとしても。


 そうだ、ゲームをしよう。男は思い立った。今日の創作時間のほとんどをアイディア出しという名目で前時代の創作者のようにボーっと過ごしてきた彼だったが、アイディア出しと言う名の前時代的な虚無的時間の無意味さに打ちのめされた彼はボーっとするという前時代的作業を終了することにした。


「ゲームをする。アイディアはそっちで考えてくれ」


 男はAIに言った。


「わかりました。何のゲームにしましょう?」


 AIはとても素晴らしい声で言った。この声もAIの賜物である。かつての美声声優たちの声を学習し、使用者の要求に応じて改変、調整された声音はまさに素晴らしいの一言に尽きる。

 他人にとってはいざ知らず、彼にとっては理想の、天上の響きなのだ。音楽作品や映像作品に欠かせない『声』も今ではAIがあれば作り出せる。実に簡単で実に創作AI的である。


「そうだな。この前作ったアレにしよう」


 大創作AI時代は誰もが創作者である。ゲームも彼の創作AIだ。


「この前とは二日前、三月の三日午前一時十二分二十秒に制作完了したヴァロペックスですね?」


「いや、待て、ヴァロペックスにクラフト要素をもたせよう。マイクラ的な……そうだ、ヴァロペックラフトだ。いい名前だろ? なんかテキトーにやってくれ。ゲームバランスも考えてな。細かい修正はプレイしながら指示をだすから」


「わかりました。今まであなたがプレイしたゲームと作成されたゲームからあなた好みの傾向を割り出し新たなゲームを制作します……作成完了しました」


 ものの数秒で出来上がる。ゲームに必要なグラフィック、サウンド、その他諸々の全てをAIは瞬時に作り上げる。大創作AI時代が創作物で氾濫する所以だ。


「これよりアイディア出しの作業に移ります」


「アイディアは三十分おきで知らせてくれ。ゲームしているときにアイディアをのべつ幕なし伝えられても面倒だから。あ、アイディアの主軸はホラーチックなのが良いな。オペラ座の怪人とかかっこいいやつ」


「了解しました。アイディアはオペラ座の怪人、またそれに類似したあなたの趣向に合うかっこいいものをネットワーク上から抽出し、よりあなた好みにブラッシュアップしたものを三十分おきにお知らせします。最初のお知らせ予定は今から三十分後の午前一時四分を予定しております」


 AIが沈黙した。男はできたばかりのヴァロペックラフトをプレイする。神ゲーだ。自分でAIつくったゲームの面白さときたらたまらない。なにせ自分が好きだったゲームの要素を集合しより自分好みにブラッシュアップしたのだから面白くないわけがない。


 あっという間に三十分が経った。


「お知らせします。オペラ座の怪人及び類似した作品、またはそれらと似た系統を持つあなた好みの作品群から学習した結果、いくつかの新たなアイディアをご用意しました。ではまず一つ……」


 一旦ゲームを中断し、男はAIのアイディアを聞き入った。それらを総合し勘案し、彼は新たな一つのアイディアを作り上げた。それは矛盾にまみれたプロットだったが、大創作AI時代には何の問題もない。不都合な点はAIが上手く処理してくれる。そうして一つの彼好みの、彼の中では完璧なプロットが完成した。


「よし、このプロットを元に千ページ……いや、この作品は大河ロマンにしよう。四千ページの作品として作ってくれ」


「本プロットを四千ページにした場合にはこれまでのあなたの作品の傾向とは外れた作品になる可能性があります。いくつかの改善点を提示します」


「聞かせてくれ」


 AIはまずページ数に対してプロットの薄さを指摘した。それらに対するいくつかの解決策も同時に提示した。彼はAIの勧めに従ってプロットを強化し、コマ割り等をAIに工夫させることで解決した。


「それでは作業を開始します……作業完了」


 ものの数秒で四千ページの大作が出来上がる。大創作AI時代の創作は容易い。時間どころかスキルさえも要らないのだ。何から何までAIがやってくれる。執筆作業どころかアイディアさえも、ネットワーク上から学習して完璧に仕上げてしまう。


 男は早速読み出した。夢中で読みふけった。自分好みの、それでいて執筆者なのに意外性のあるホラーなストーリーの誕生に彼は酔いしれた。矢のように時間が過ぎ去っていった。執筆作業は一瞬なのに読書には時間がかかる。いかにAIを持ってしても体験を効率化するのは難しいのだ。


 しかしなんと優雅な生活なのだろう。自分好みのゲームや漫画がインスタントに作れてそれを心ゆくまで味わえる、これぞ優雅の極みではないか?

 かつてたぬき型ロボットが出てくる漫画原作アニメにあった「あんなこといいな できたらいいな」が今のところ創作だけとはいえど本当に叶う時代になったのだ。


 窓の外が白み始めた。しまった、夢中になりすぎた。今朝も仕事だというのに。普段は就寝時刻をAIが知らせてくれるのだが漫画に集中するためにそれを切ってしまっていた。

 男は悪態をつきつつ、睡眠向上剤を飲んだ。それからベッドに入った。かと思うとすぐにガバと起き出した。


「そうだ、作ったゲームと漫画をアップロードしてくれ」


 男はAIに言った。寝る前に作った作品を世間に公開するのが彼の日課だ。


「わかりました。ゲームは『Steaim』に登録し、漫画は『JUMP RUKAIES』に投稿しますがよろしいですか?」


「それでいい」


「登録と投稿を完了しました」


 彼は安心してベッドに横になった。すぐに寝息が聞こえてきた。やすからな眠りだ。睡眠向上剤が効いている。


 睡眠向上剤は睡眠の質を高め、効率よく疲労回復を促す。これである程度は大丈夫。この薬剤もAIによって彼専用に特別ブレンド処方されたものだ。

 まだ人間の薬剤師は現役だが、いずれAIに完全に取って代わられる時が来るだろう。当初は医療をAIに任せるのは危険との声があったが、AIの恩恵を受ける今となってはそんな危惧も鳴りを潜めつつある。


 AI創作によりAIの性能が立証され、また他分野でもAIの有用性が認められつつあるのは疑いようもない事実だ。今後はAIの進出速度が一層早まっていくことだろう。この流れはもはや誰にも止められない。既に人類はAIを知ってしまったのだから。


 朝になるとAIは男を起こし、男の健康状態をチェックし、それに応じた朝食と睡眠不足時用の薬剤とを男に提供した。万事AI任せで万事が良い。なにせ自分の頭で考えるより早い上により良いアイディアをAIは提供してくれるのだ。AIを使わずに自分の頭を使うのは無駄を通り越して馬鹿のすることがこの時代の常識となりつつある。


 男は家を出てバスに乗った。バスは同じ作業服を着た人たちでいっぱいだった。男は職場に向かう道中で夜に作ったゲームと漫画がどれだけプレイされ、どれだけ読まれたか気になり、AIに調べさせた。


「ゲームのプレイはゼロ人。漫画の読者はゼロ人です」


 とスマホに表示された。男は小さくため息をついた。

 わかりきっていたことではある。大創作AI時代は過剰供給時代とも言い換えられる。全人類が創作すれば自ずとそうなる。ネットワーク上にはAIによる素人創作物が砂漠の砂のごとく溢れかえっている。


 広大な砂漠の中で金の一粒たりうるにはどうすればいいのか? 引きのあるタイトル? 斬新な内容? どちらも不可能。なぜならそんなものはもはや存在しない。


 前時代にはたしかにあったそれらはAIにより完全に駆逐された。どんなに引きのあるタイトルも斬新な内容もAIはたちまち学習し、砂粒の名もなき創作者たちによって学習元より優れた作品として世に送り出され陳腐化される。それを読んだ人はそれを元により自らに最適化されたものを創作AIし投稿する。


 これにより流行は一瞬にして消費され変容し、作品は生まれながらにして瞬時に価値を失ってゆく。なんとAIの凄まじきこと。生き馬の目を抜く時代はとうの昔、今はAIが生き人間の脳を抜く時代なのだ。


 創作物が他人に読まれない理由はもう一つある。そもそも創作物が自分で作れる時代に他人の創作物を読む必要はほとんどないのだ。

 自分好みの自分好みの創作物は自分で作ったほうが早い。彼がそうしているように。現代における他人の創作物の価値は読むよりもAIに学習されることにあった。


 そんな現代に創作物が商業として成り立つはずもなく、商業作品は滅んだ。AIに学習された途端に陳腐化するものに金銭的価値などあるわけがない。

 よってプロ創作者ももういない。かつての地球の覇者と同じ末路を辿った。恐竜は地上に骨を残し、プロの創作者たちは技術をAIに残して消え去った。あともう一つ衰退したものがあった。オリジナリティという言葉だ。AI時代には陳腐な響きでしかない。


 そんな粗製乱造ならぬ製乱造の時代でも彼は自分の作品をネットの大海に投げ続けた。読まれない、プレイされないのがわかっていても彼はやり続けた。それは彼が人間だから。AIが幅を利かせる時代になっても、創作で承認欲求を満たすのが難しい時代であっても、人間はいつまでも人間なのだ。


 やがてバスは職場に到着した。ニュートウキョウシティ、新第三地下サーバーステーションが彼の職場だ。そこのサーバールームの清掃が彼の仕事だ。


 男は精密機器用の掃除具を使って清掃を始めた。誇りに満ちた表情でサーバールームの埃を丁寧に除去してゆく。AIに欠かすべからずサーバールーム。男はAIに携わるこの仕事を至上の社会貢献と誇りに思っている。


 静謐なサーバールームで微かにサーバーの稼働する音がする。AIが動いている。AIが創作物を学習し、新たな創作物を生み出している。AIの創作活動のために男は仕事をする。清掃という細かい作業は費用対効果の観点から見てもまだ人間の領域だった。


 労働に疲れてくると男は錠剤を取り出して飲んだ。これもAIが調剤してくれたものだ。これを飲むと気分が楽になる。疲労や不安感、ストレスがなくなって仕事に対する誇りがより強くなってくる。


 ああ、なんて素晴らしくて、なんて気持ちがいいんだろう、社会の根幹を担うAIのために働けるなんて感動的だなぁ……。


 創作はAI任せ、労働は。まったく優雅な時代になったものである。

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