あなたたの色は、何色ですか?

神在月ユウ

色が、見える

 いつからか、僕の視覚はおかしくなった。


 色が、見える。


 目の前の人の、色が見える。


 当たり前のことを言っているように聞こえるだろうが、なんと説明すべきか。


 僕が見ている人に、赤や青の光の揺らめきが重なって見える、と言うべきか。


 人によって見える色が違う。

 同じ人でも、日や時間により違う色になることもある。


 しばらくして、これが人の感情、それが色として表れている。



 出勤のため街に出ると、人波がカラフルに彩られる。


 赤・青・黄・緑、だけではない。


 紅・朱・茜・萩・橙・あけぼの・桜――

 藤・葡萄・藍・紺・浅葱あさぎ青黛せいたい――

 山吹・黄檗きはだ芥子からし朽葉くちば苅安かりやす――

 柳・青竹・常盤ときわ・千歳緑・よもぎひわ――


 あらゆる色が、その人に、その時々にまとわっている。





「おはようございます」


 会社に着くと、適当に挨拶しながら自席に腰を下ろす。


 周囲からバラバラに返ってくる挨拶。


 周囲の色は、橙や若草。


 この色ならこの感情、というのは明確にはない。


 暖色か寒色か、色の濃淡はどうか。


 総合的に判断する必要があることを、ここ数日の経験則で理解した。


「大丈夫ですよ、なんでも聞いてください」


 隣の高身長な同僚が、後輩社員に笑顔で対応している。


 色は青鈍あおにび深紫こきむらさきのグラデーション。


 顔は笑っているが、その内心は『こんなこともわからないのか』『お前が誇れるのはその体つきだけだな』という嘲弄ちょうろう卑陋ひろうだ。


 その後から微かに暖色が垣間見えたが、つまり相手を見下して自己顕示欲を充足させているのだろう。


 笑顔の裏では何を考えているのかわからない。


 この能力を持ってから、人間不信が加速中だ。


「何で今まで黙ってたっ!!」


 奥から部長の怒鳴り声が聞こえた。


 周囲を閉めていた暖色が、色を薄くするか青系か緑系にシフトする。


 隣の高身長同僚の色は、帝王紫。


 多分『ざまぁみろ』って思っている。





 仕事が終わり、駅のホームで電車を待つ。


 各乗車場所の前に、二列になって六人ずつくらいが並んでいる。


 仕事帰りの会社員が多い。


 その色は、藍や海松茶みるちゃにびなど。


 仕事に疲れているのがわかる。


 それでも橙や山吹など明るい色がちらちら混じっているのは、帰ってからのプライベート――趣味か、子供や恋人との時間を楽しみにしているのだろうか。


 そんな中、闇があった。


 多くの暗色の中でも異様に目立つほどの、漆黒をベースにか細い桔梗ききょうと朱が渦をかたどっている。

 

 赤系の色はプラスの感情に限ったものではない。


 激情も表すことがある。


 暗色はマイナスの感情が多いが、黒系はよっぽどだ。


 以前見たことがある黒は、朝、同じく駅のホーム最前列で並んでいる人だった。


 初めて見た黒の人は、虚ろな表情のまま、電車がホームに入ったタイミングで跳び込んだ。


 ならば、今回も自殺志願者だろうか。


 あの時の自殺者と同じく呆けた表情だが、どこか雰囲気が違う。


 漆黒の中に渦巻く桔梗と朱が気になる。


 嫉妬や侮蔑、敵意、激情。


 諦念と虚無に混じるそれらの感情が、気にかかる。


 逃げようか。


 そう思って列から抜けようとするが、一方で本当にいいのかと自問する。


 相手の見た目は普通の会社員だ。


 周りの人間は、その様子に気づいていない。


 異変に気付いているのは、自分だけだ。


 僕は列から抜けた。


 ただし、階段には向かわない。


 向かう先は、黒い感情の会社員だ。


「あの――」


 声をかけると、会社員がのっそりと、僕の方を見た。


 周囲の数人も、ちらりと僕と会社員を見た。


 声をかけて、それから「でも何を話したらいいだろう?」と考えた。


 だが、そんなことは杞憂だった。


 体が、冷たい。


 お腹が、冷たい。


 すぐに、熱くなって、それからじんわりと、不快な感覚に襲われる。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ」


 周囲から悲鳴が上がる。


 そこで、初めて自分の異常に気付く。


 自分の鳩尾みぞおちから、銀の刃が生えている。


 刃の先を追うと、黒い柄があって、それを握る手は、例の会社員だ。


 刺された。


 そう自覚した瞬間、僕はその場にくずおれた。


 刃が体から抜けて、ドクドクと、何かが溢れ出す。


 何か悲鳴や怒号が聞こえる。


 でも、何を言っているのかまではわからない。


 思考が、まとまらない。


 僕は何をやっているんだろう。


 黙って立ち去ればよかったのに。


 せめてもの慰めに、少しは世間の役に立ったとは思いたい。


 このまま放置していたら、あの会社員は刃物を振り回して、逃げ場のない電車内で何人も死傷させていた。それを僕が、身を挺して阻止した。


 そう、思いたい。



 それにしても、だ。



 周囲の〝色〟が、気になる。


 赤や黄系の色に、取り囲まれている。


 駅員や救急ではない。


 ホームにいる乗客――野次馬だ。


 この感情は何だろう?


 感謝や安堵なら、いいかもしれないが。


『決定的瞬間に居合わせた!写真撮ってアップしよう!』


 微かに聞こえるスマホカメラのシャッター音が、そう言っている気がした。




 ねぇ、僕をレンズ越しに見下ろしているあなた。


 あなたは今、どんな色をしていますか?

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