第十七話 悠久からの祈り
深夜が訪れると、聖護幼稚園は都会の喧騒から切り離され、魔界のような静寂に包まれる。ただ時計の秒針の音だけが、この異界の静けさを破る。
しかし、その平穏は突如として破られる。遠くから聞こえる犬の咆哮が、怨霊との戦いの前触れを告げる。牧師の声が重々しく響き渡る。
「丑三つ時、悪霊が現れる。油断せず、魔法陣を絶対に崩すな」
野々村は古井戸から漂う冷たい風を感じ、不吉な予感に身を固める。チャペルの時計は午前一時半を指し、悪魔祓いまで残りわずかだ。
そのとき、時計の針がゆっくりと逆行し、まるで時間が過去へと流れていくかのような錯覚に陥った。それは、ひよりが亡くなった年だった。桜の花びらが舞う静かな午後、園の喧騒が突然止み、ブランコで息絶えているひよりが発見された。彼女の口元から滴る赤黒い血が、暗い染みを作っていた。
野々村たちの周りで、空気が震え、地面が揺れる。怨霊たちの怒りが形を変えて、「とっとと、この場を立ち去れ」という恐怖を彼らに与える。
靄が立ち込め、幼子の学び舎は暗闇に覆われた迷宮と化す。空を見上げても、うさぎ座の星は霧に隠されてしまう。学び舎は無限のループを意味する「メビウスの環」の形を描くように変わり果て、野々村はひよりの恨みが永遠に続くことを悟る。
夜の静けさをパッヘルベルカノンの音色が切り裂き、生暖かい風が耳元で囁く。古井戸の扉が軋む音が、不協和音となって魔界を支配する。かつて子供たちの無垢な祈りが捧げられた聖地は、怨霊の呪いによってその神聖さを失い、恐怖の場と化していた。
ひよりの亡霊が現れる前に、牧師は悪魔祓いの呪文を厳かに詠み始める。黒く長いローブを身に纏い、その顔は影に隠れている。そして、その手には、古びた聖書が開かれ、そのページは風に煽られながらも、彼の力強い声によって静まり返っていた。
牧師は、結界が破られないように祓魔師の襟を正し、七人が祈りを捧げる魔法陣の周囲を確認して、聖水を陣の四方八方に撒きながら、何かを待つように天を見上げる。牧師の声は、ますます力強く、冷静さを失わず、メンバー全員を導いていた。
七人の勇姿たちは彼のリードに従い、神の導きを信じて呪文を唱え続ける。魔法陣の背後では、副署長たち警察関係者が澪ちゃんの無事を祈りながら、アーメンと十字を切っていた。
そして、古くから伝わる『主の祈り』が、時を越えて響き渡り、厳かに、魔界を切り裂くように力強く響き渡る。命を保護するための「結界」を張り巡らせ、彼らは神を信じる「帰依」の誓いを立てる。力強い声で呪文が詠唱され始める。
その声は、夜の静けさを切り裂き、怨霊たちの嘆き声と交じり合う。一言一句を間違えることなく、彼らは力を合わせて呪いを解くために戦う。
「天にまします我らの父よ、願わくは御名をあがめさせ給え。御国を来たらせ給え。御心の天に成る如く地にもなさせ給え。我等の日用の糧を今日も与え給え」
「我等に罪を犯す者を我らが赦す如く我らの罪をも赦し給え。我等を試みに遭わせず悪より救い出し給え。国と力と栄えとは限りなく汝のものなれば成り。アーメン」
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