【KAC20247】勇気を出して

月那

いつかは私も、あなたと同じように


「おはよう」


 そう言って彼はにっこりと微笑んでくれる。その優しい笑顔は、いつもと同じ。


「おはよう…」


 彼の顔を直視出来なくて、少しうつむき加減で、そう答える私。これもいつもと同じ。


「行こうか」

「うん…」




 私はクラスでも目立たない、いわゆる地味っ子というやつ。

 休み時間、みんながグループで賑やかにお喋りしているのを他所に、教室ではいつも一人、本を読んでいる。


 中学に入ったくらいの頃はまだ友達もいたんだけど、卒業して高校に入る頃には、もう今の感じになってたと思う。

 勉強も運動も人並みで、入った部活動も先輩が怖くてすぐ辞めてしまった私は、すっかり引っ込み思案になってしまった。



「どうかした?」

「え…ううん、なんでもないよ」

「そう、よかった」

「うん、大丈夫…ありがと…」


 そんな私が、どうしてこんな優しい彼と出会えたのか。


「ねえ…」

「うん?」

「あの…あのね、私で…いいのかな…」



 彼と出会ったのは、入学式の日。

 桜が咲き誇り、風に舞う花びらはピンク色で、それはとても綺麗で、私は空を見上げ、一人見つめていた。


『桜、綺麗だよね』

『え!?』

『ああ、ごめん。熱心に見てるから、つい』

『ご、ごめんなさい…』

『こっちこそごめんね』

『いえ…』

『そんなに怯えなくても』

『ごめんなさい…』

『新入生だよね?胸にリボン付いてるし。ほら、俺も同じ。俺も新入生だよ』


 そう言って、今と同じ笑顔で、私に微笑んでくれた彼。

 男子と話すのなんて随分と久しぶりだし、入学式で緊張してたし、私はやっぱり目を背けてしまった。


「それじゃ」と言って彼が行ってしまうと、私は張り出されたクラス分けの名簿を見て、教室に向かう。


 座席表を見て席に着き、暫くするとさっき見た男子が教室に入って来た。

 隣の席に座ると、笑顔で「よろしくね」と声をかけられ、私はチラッとだけそちらに向くと、「よろしく…」と声にならないような小さな声で応えた。


 隣の席になった彼だけど、私に必要以上に話しかけるようなことはなくて、「おはよう」とか「それじゃまた明日」とか、そんな普通の挨拶を交わす程度だった。


 それなのに…




「あの…あのね、私で…いいのかな…」

「え?」

「私、明るくないし、地味だし、あんまりお話も出来ないのに、どうして…その…告白してくれたの…?」


 ある日彼は、いつものようにホームルームも終わり、あとは帰るだけだと思っていた私に、「ちょっといいかな」と、普段とは違う言葉をかけてくれた。

 屋上について行くと、少し頬を赤くしてお辞儀したかと思ったら、そのまま右手を差し出して「付き合ってください」って…

 ただただ驚いてしまった私は、それを受け入れてしまったんだけど、後になって、いや、今でも不安と後悔でいっぱいなのだ。


 彼は背も高くて明るくて、よく女子達からも声をかけられて、周りの雰囲気からも、間違いなくモテる男子だと思う。

 そんな彼が、いくら席が隣だからって、どうして目立たない私なんかを…

 そう思うと情けなくて、涙が出そうで、それをなんとか我慢していると、


「あの…恥ずかしいから、一度しか言わないよ?」

「え…?」


 思ってた内容じゃない言葉を聞いて、無意識に彼の顔を見上げると、見た事ないくらい顔が真っ赤になってて、耳まで赤くて、それにとても恥ずかしそうに見える。


「あの時ね…一目惚れしたんだ…」

「え?」

「入学式の日に、桜見てたでしょ?」

「あ…うん、そうだね」

「その時、桜の中にいる君が凄く綺麗で…って、めちゃくちゃ恥ずっ!」


 いや、こっちも十分に恥ずかしいんですけど、そんなふうに言われると、どう答えていいのか、私には…


「だから!あの、そんなふうに言わないで」

「え?そんなふうに…って?」

「地味とか暗いとか、俺はそんなこと思ったことないし、それに、いつも俺に気を使ってくれて、優しいよ」


 まだ顔は赤いままだけど、いつものような優しい笑顔でそう言ってくれる彼。

 私も…私も、そうやって、いつも私に優しくしてくれる彼のことが、いつの間にか好きになってしまってて。

 でも、そのことを口に出すのは、今の私にはまだ出来なくて。


「ありがとう…」

「うん!俺の方こそ、ありがとうね」

「うん…」



 いつかは私も、彼のように想いをちゃんと言葉に出して、伝えられる時が来るのかな。

 いや、伝えてもらってこんなに私は嬉しくなったんだから、あなたも同じように、嬉しく思ってくれるはずだよね?



 あの日、屋上で彼の手を取ってから、あれ以来、私達は手を繋いでいない。

 でも、目の前にある彼の手を、今は凄くその手に触れたいと思う。



 勇気を出して…頑張れ、私…!




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