第2章/黒き軍団 第2話/最強長槍隊爆誕

   一


 ヴィリヤー軍師は、自問自答していた。

 たかが傭兵が、このような技術を個人で創造することなど、ありえない。

 その人物がよほどの天才か文化的な蓄積がなくては、このような技術がそれ自体、単独で突出して発達することはまずない。

 あの傭兵隊長は、どこであの合成弓の技術を学んだのか?

 あれは───東方の技術だ。

 まさか、アル・シャルク軍の間者か?


「アサド殿、出発の準備が整いました。では我々は、#あれ__・__#を探しに……」

 サウド副官が、アサドに向かって歩み寄ってきた。

 その左脇には、重そうな筒を抱えている。

 義足をつけた左足が、ズルズルと地面を引っかく音がする。

 この、普通では自分一人で戦場にも立てなさそうな男が、しかし、ヒョコヒョコと器用に歩き、武人の顔になる。

 彼は何事かアサドに耳打ちすると、手にした筒を渡し、数人の部下と共に城壁の向こうに消えていった。


 アサドが受け取った筒から、黒光りする細長い金属をバラバラと取り出した。

「あのう……」

 最前列にいた農民兵が、恐る恐るアサドに話しかけた。

 多少は彼に慣れたのだろう、自分達の疑問を素直に口にするようになっていた。

「ん? 何だ」

「それは、いってぇ、何でしょうか?」

「これは槍の穂先だ。ミアト、槍の柄を……そうだ」


 農民兵の疑問も当然だった。

 細長い菱形の槍は、日頃から見慣れていても、このような蜥蜴の尻尾のような槍は皆初めて見るのだ。

 穂先の刃渡りは、半キュビットもない長さであろうか、手の平にギリギリ隠れそうである。

 通常の槍からすれば、極端に短い穂先であった。

 だが、柄舌はその3倍以上もある。長い。長過ぎる。

 こんな槍の穂など、見たことがなかった。



   二


 アサドはミアトが渡した柄に、

 器用に穂先をはめ込むと、

 鉄のたがをはめ、

 穂先が柄から抜けないよう、

 目釘を打っていく。

 もう何百回、何千回もやった手順のように、無駄なくテキパキとこなしていく。

 あっという間に、20本を超える長槍が出来上がった。

「……よし、これでいい」


 農民兵の目線が、アサドの頭上遥か二倍はある空間をポカンと見つめている。

 全長16キュビット。

 並みの人間の、身長が5キュビットを少し超える程度である。

 そこに現れたのは、身長の低い者であれば、身の丈の3倍にもなってしまうほどの、長大な槍であった。


 確かに、これでは長い穂先をつけては自在に動かすことなど不可能であろう。

 もっとも、この長すぎる槍を農民兵に使えるかどうかが、まず疑問だが……。

 通常の槍は、自分の身長とほぼ同じか、穂先の分だけ長い程度である。

 この長大すぎる槍は、訓練を受けていない農民兵には、とても使いこなせそうもない。

 実戦では使えもしない、儀礼用の長槍に酷似したこれを、どう使えというのであろうか?


 だれもが同じ事を考えたのだろう。

 農民兵の一人が、おずおずとアサドに問いかけた。

「あ…あの、隊長様、この槍…をどう使うんで? あっしら鍬や大鎌、唐棹は持ったことはあっても、槍なんて手にしたことはねぇもんで、ええ」

「上下に叩け」

 アサドの短い言葉に、農民兵は戸惑った。

 聞き間違いかと思ったのだ。

「はぁ? 上下…に叩く? 槍ってのは普通突くものじゃあ……」

「熟練した兵でも、槍をまともに突けるようになるには、相当の鍛錬と実戦経験がいる。おまえ達に付け焼き刃で教えても、ものの役には立たんさ」

 

 三日棍

 百日刀

 千日剣

 万日槍

 ──などという言葉も武芸の世界にはあるほど、兵士の武器は、修練にかかる時間が違う。



   三


 力任せに振り回せば、相手にダメージを与えられる棍棒は、3日も鍛錬すれば一応は使えるようになる。数あわせの雑兵の武器でもある。

 片刃の湾刀である刀は、刃筋を立てねば、斬ることはできない。なので、最低でも百日の修練が必要である。

 諸刃で反りのない直剣は、突き技が主体なので、より難度が上がる。職業軍人の武器であり、軍の指揮官が持つことも多い。

 武器の王である槍は万日、何十年も鍛錬が必要である。久練槍、一生鍛錬が必要でと呼ばれることさえある。


 なのに、この傭兵隊長は槍を与えるという。

 いくら農民兵といえど、槍が操るに難しい武器だと、それぐらいは知っているのだ。

「傭兵と傭兵の間に入って、おまえらは敵兵の頭をぶん殴れば、その方が効果が高い。突き技を覚える必要はない」

「へえ…そんなもんですか」

 アサドの言葉にも、農民兵は半信半疑である。彼らの疑問も当然であった。

 実際に闘った事はなくても、ここにいる誰もが戦なら見たことはあるのだ。ウルクルとて独立以来平穏無事だったわけではない。

 民の誰もが兵士の姿は日頃から眼にしていた。


「ふむ、そうだな、実際に体験するのが一番解りやすい……か」

 ふいにアサドが振り返った。

「ではヴィリヤー殿、槍を持った兵達同士で模擬戦といきませんか? ウルクルの正規軍の力量を、一度確かめても起きたい」

 ヴィリヤーは、突然自分の名が告げられたことに、狼狽した。



 ──この男は全てを見通しているのか?

 自分の位置は、彼からは死角だったはず。

 だが、声をかけられた以上、出ていかないのもかえって、自分の疚しさを見透かされるようだ。

 先ほどまでいた神官は、いつの間にか姿を消していた。

 仕方ない。

 ヴィリヤー軍師は覚悟を決め、アサドの前に姿を現した。

「模擬戦とは、なかなかに興味深いご提案、ウルクルの正規の槍部隊を、ここに呼びましょう」

 声には強がりと意地が滲んでいた。



   四


 模擬戦の結果は、圧倒的であった。


 まず、赤獅団の傭兵5人対正規軍10人。

 赤獅団の圧勝。


 傭兵の選抜隊10人対正規軍10人。

 選抜隊の圧勝。


 傭兵の選抜隊10人対正規軍20人。

 選抜隊の圧勝。


 農民兵10人対正規軍10人。

 農民兵の圧勝。


 農民兵10人対正規軍20人。

 農民兵の圧勝。


 正規の軍人として最低でも5年、長いものは20年の鍛錬歴がある正規兵が、ことごとく圧倒された。

 最初に赤獅団から、槍兵の戦い方のお手本を、見せたせいもある。

 攻略の料理の手順書レシピを見せられれば、追随するのは比較的、簡単である。

 なんの武技も知らない農民兵が、倍する正規軍の槍隊を圧倒したのは、驚きを持って迎えられた。

 これで、さらに弓隊も加われば、傭兵部隊も農民兵部隊も、充分に使える。

 いや、むしろ戦力になるであろう。


 自分たちが叩き伏せた正規軍の槍隊を見ながら、農民兵たちは最初、戸惑っていた。

 勝てるはずがないと思っていた相手に、思わぬ大勝を得た戸惑い。

 だがその戸惑いは、やがて歓喜に変わった。

 そして、自分たちにその武器と戦法を授けた男への、尊敬に代わりつつあった。

 アサドを見る農民兵の目に、信頼と敬愛が生まれつつあった。


 だがそれは、ウルクル正規軍にとっては、痛し痒しの状況でもあった。

 傭兵部隊の隊長が、必要以上の信頼と人気を獲得するのは、軍の統率という点で、新たな問題となる。

 将軍は一人でいい、二人いては指揮系統が乱れる。

 双頭の蛇は身を引き裂く──ということわざも、この地にはある。

 それを理解しているヴィリヤー軍師は、苦虫を噛み潰した顔をしていた。

 日に日に声望を得るこの若き傭兵隊長への、嫉妬にも似た感情。


「興味深い武技だが、ウルクルの槍部隊には伝統的な戦法がある。模擬戦はしょせん模擬戦、戦場でこそ我らの強みが発揮されるでしょう」

 精一杯の強がりを口にし、ヴィリヤー軍師は踵を返した。

 だが翌日、ウルクル正規軍の槍は、3キュビット長くすることが決定した。

「大将──いやアサド団長は、槍部隊との模擬戦、上手く持ち込めますかね?」

 ウルクル場外を馬で移動するサウド副官に、大柄な男ジャバーが尋ねた。

 彼は、身体が不自由なサウド副官の、付き人的な立場なのだろう。

 いざとなれば、サウド副官を小脇に抱えて逃げられるだけの、体力を有している。


■第2章/黒き軍団 第2話/最強長槍隊爆誕/終■

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