2章

第46話 新人

 コツコツと、石で出来た床を鳴らす靴底の音だけが僕の耳に届いている。

 隣には僕と同じくらいの年の女の子が歩いていて、僕たちの目の前には無表情で僕たちを何処かへと案内する男の人がいる。


 僕たちは何も話さない。


 隣の女の子は少し不快そうな顔つきをしている。聞いた話では、僕は『能力』に目覚め、魔物からこの地を守る英雄になるのだとか。だと言うのにこの女の子は何が不愉快なのだろうか。


「ねえ、貴方はなんでそんなに呑気でいられるの?」

「え?」

「いや、だからなんでそんなに呑気でいられるのかなって。私たち、これから命懸けで戦わないといけないんだよ?」

「……そう言われても、僕はこれまでのことを。だから、呑気と言うより、何も分からないと言った方がいいかもね」


 僕のその一言に呆気に取られる女の子。

 まあ記憶喪失で得体の知れない男が守護者になるなんて言われたら、怪訝に思うのは当然だ。


「覚えていないって……文字通り?」

「そうだよ。自分の名前も分からないんだ」

「……それって大丈夫なの?」

「さあね。でも、偉い人が僕を守護者という英雄にするって言ったみたいだから、問題は無いんじゃない?」


 彼女が不安に思う気持ちは分かる。僕だって、よく分からない人間がこれから人々を守る職務に着くと言われても、納得はしないだろう。


 聖気なんて不思議な力にいつ目覚めたのかも分からない。けれど、どうにかなるだろうって気持ちはある。楽観的すぎるかもしれないけれどね。


「そろそろ着くぞ」


 仏頂面の案内人がそう一言言う。もっと愛想良くしてくれても良いだろうにと思うが、これがこの人の性格なのかもしれない。


 そうして連れられてきたのは南部境界というところらしい。今から僕らはそこの統括と会うのだとか。


 楽しみだとか、緊張するとかそういう感情は抱けない。何となくこれが夢なのではないかと思うくらい、現実味がないのだ。





 *





「新たに二人、能力者として覚醒し、この南部へ所属するという知らせを受けた」


 湖で遊び、領地を広げ、なんだかんだで平和な時間を過ごしてきた今日この頃。幹部会合を開くから来てくれとリベラートに言われて来てみれば、開口一番こう言われた。


「ほう?それで、なぜレイを呼ぶ必要があったのだ?」


 ご尤もな疑問を投げかけるアリベルト。それに対してリベラートは答える。


「レイの存在を新しく加入する守護者に伝えるタイミングを決めたくてね。その話し合いの場にはレイ本人がいた方がいいでしょ?」


 そう言えば、俺の存在って扱いとしては禁忌に近いんだった。この南部の守護者たちが聞き入れてくれているから俺は何も考えずに生活しているけど、これが領内とかだったら今頃凄いことになっているところだ。


『そう言うことか』

「そういうこと。何か異論はあるかな?」


 まあ無いだろうな。


 案の定反対意見は何もなく、次にエリクが発言した。


「それで?いつも通り新人が入ってくるわけだが、そいつらにどのタイミングでレイの存在を明かそうかってことを話し合うのか?それってよ、初対面の時でいいんじゃねぇか?」

「と言うと?」

「オレらと対面するときにレイとも顔合わせをすんだよ。ピンポイントに二人だけに隠すのはあまりに労力に見合っていない。新人は二人なんだろ?最悪領内に密告されたとしても、新人だってことで過度なストレスに耐え切れずに錯乱した結果だと思われてお終いだろ」

「……まあ言い方はあれだけど、理屈としては通っているね」

「だろ?それに、領内から境界は一方通行。密告しようにもできない環境なんだし、リリアだっている。最悪、一定期間レイを魔界に放り投げれば全て解決だ。何か異論は?」


 これ以上なく理論建てて説明するエリク。全て納得できる内容だった。誰からも反対意見など出る気配などなく、幹部の全員が納得した表情になっている。頷いている者までいる。


『エリクが知的なこと言ってるとなんか違和感がある』

「おい、どういうことだそりゃァ……」


 人は見かけによらないってことだよ。まあ、人の第一印象は半年続くみたいだけどね。諸説あります。


 まあそれはさておき、やっぱり緑髪にオールバックで口調が荒いエリクが知的なことを言っているとギャップがあるわけだ。


『貶しているわけではないよ。ほんとだよ』

「その『ほんとだよ』がなけりゃまだ信用できたな」

『言葉って難しいね』


 言葉って難しい。


「関係ないこと話していないで……本題はって言おうと思ったけど、もう結論は出たのよね……」


 なんかリリアが呆れたように俺たちに釘を刺そうとしたが、そうなのだ。結論は出たのだ。あっという間だったがね。


「じゃあ、そう言うことでいいかな。手紙によると明日、ここにやって来るみたいだから。明日の昼頃にまた招集することにするよ。あ、一応ノアと一緒に来てね。布に包まって」

『布に?』

「うん。万が一領内の使者がいたりしたら面倒だし」

『ああ、なるほどな』


 新人たちを案内する使者が境界に滞在していたら、俺の存在が知られると面倒なことになる。念には念を入れて俺はまたあの布に包まることになるらしい。まあいいけど。


「じゃあ、今日のところはこれで終了。皆お疲れ様」


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