第18話 大根王子Ⅱ 三

 ラウルとボウガンを持った若者達、そしてアルベルトを引き連れた十人がユン村に着くと、既に辺りは暗くなってきていた。敵の襲撃の後で小屋があちこち燃やされ、数名が消火に当たっている所だった。

 ラウルが指示を飛ばしている頭のはげた中年の男に声をかけた。

「エンリケ!」

「ラウルか! すまない、イサベラやうちの者がさらわれちまった。俺達もすぐに救出部隊を出す」

「ああ」

「マリオがそっちの小屋で手当を受けてる。話を聞いてや……ん? お前は誰だ?」

 エンリケはアルベルトに気付いて話を止めた。

「彼はアルベルト。この前の難破船の生き残りだ」

「そうか……おいそこ! 危ないぞ下がれ! ジョエル! お前等も消火を手伝ってくれ! ラウル悪いなまた後で!」

 エンリケはジョエル達を連れて走り去った。ラウルはマリオがいるとされる小屋に向かって歩き出し、後ろからアルベルトもついていき、歩きながらラウルに話しかけた。

「ラウル、敵っていうのは一体?」

「俺達は昔からここに住んでいる。何代も前からだ。この島の精霊に祈りを捧げ、この島の自然と共に生きてきた。だがある日、この島に海賊の一団を乗せた船がやって来た」

 あちこちで小屋についた火がくすぶっている。でこぼこした砂利道を歩いてバランスを取りながらアルベルトが横を見ると、大きな布が被せてある人型の膨らみが並んでいてアルベルトは思わず顔をしかめた。

「奴等はこの島に来てから好き放題暴れている。奴等はこの島の自然にも、精霊にも敬意を払わない。もちろん俺達にもだ! 奴らは銃で俺達を好きなように殺し、食い物を奪い、女をさらっていく」

 ラウルは立ち止まって振り返り、アルベルトを見た。眼には深い悲しみと怒りが広がっている。

「奴等はクズだ。だが俺達には奴等の暴力に対抗する手段が無い。そしてこの島には俺達を守ってくれる者もいないんだ」

「そんな……」

 ラウル達はこの暑い島の中、今までは外敵もいなかったため薄い布の服を着て、弓矢やたまに船で立ち寄った友好的な行商人からボウガンや調味料などを手に入れて暮らしていたのだろう。銃で武装した海賊達の一団の前ではなす術が無かったに違いない。

「そんな生活がもう一年続いている。奴らにとってはたまたま立ち寄っただけの島だが、奴等が飽きてこの島を出て行くか、俺達が全員死ぬまでこの苦しみは続くだろう」

「なんて奴等だ。許せない」

「ああそうだな。君の気持ちはありがたいが、関係の無い君を巻き込みたくは無いし、できる事も無いだろう。大人しくしている事だ。もっとも、かと言って脱出する手段も無いがな」

 そう言ってラウルは足早に歩いて行った。


 アルベルトが小屋の入口から中を覗くと、座っているラウルの横で十代くらいの少年が村の者に肩の傷の手当を受けている所だった。

「ラウル」

「マリオ、無事か」

「はい……痛っ。ここから奴らの最も近い拠点までは起伏が多い道です。イサベラが連れて行かれたのはまだそんなに遠くではないはずです。今から追いかけましょう」

「ああそうだな。だがその怪我じゃ無理だ。俺に任せろ」

「すみません……」

 ラウルは外に出るとアルベルトに声をかけた。

「アルベルト。君はここにいろ。俺は今からジョエル達を連れてイサベラ達を助けに行く」

「僕も行きます」

 ラウルは優しく微笑んだ。

「ありがとう。だが無理はしなくていい。奴らが女達をそのまま放置しておくはずがない……女達の近くにいるはずだ。おそらく戦闘になるだろう」

「一人戦う者が増えればそれだけ勝率は増します」

「分かってないようだな」

 ラウルは腕を組んで雲に隠れた月を見上げた。

「俺達はもう限界に近い。せいぜい数人女を山に逃がすのが関の山だろう。だが……ただ黙って殺されるよりは、少しでも何かをしてから死にたいんだ」

 周りの消火に動く村人達の音もここまではあまり聞こえて来ない。

「諦めているんですね」

「そうだ」

 沈黙が流れた。

「三週間経っても僕が帰らなければ、後続の船が同じ航路を通って捜索に来る事になっています」

 ラウルが振り返った。

「嵐に遭ったのは出発してから一週間後。あれから何日経ったかは分かりませんが、あと二週間待てば僕の兵士達がこの島のすぐ近くを通るはずです」

 月が雲から出て、月光がアルベルトを照らした。

「我が国がこの島から海賊を駆逐する」

「アルベルト……」

「だから今は全力でイサベラさん達を助けましょう。あと二週間、皆で生き延びるんです」

 アルベルトが微笑み手を差し出し、二人はしっかりと手を握った。

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