第9話 大根王子Ⅰ 九

 夜が明けて、北に進んでいたアルベルトは日が完全に昇った頃、分かれ道に出た。北と西に道が分かれているが足跡は西側に続いている。焚き火の跡や木の柵、馬車などがあった。どうやらここがアジトに続く場所のようだ。遠くに洞窟が見える。ここにカタリナがいるかもしれない。アルベルトは剣を抜いて慎重に洞窟に入って行った。

 洞窟に入ってすぐアルベルトは異常に気付いた。入ってすぐの開けた空間に野盗と思われる死体があちこちに倒れている。武器や食べ物がぶちまけられている。何かが起きている。

 大根が使われた料理に気付いたアルベルトは地面に落ちている大根の切れ端を服のポケットに入れ、左手にも大根の欠片をいくつか持った。

 右側の壁を見たアルベルトはそこに扉が開いた鉄の檻があり、鎖で手足をつながれた若い女性が鉄格子にもたれて座っていることに気付いた。

「カタリナ……?」

 近付いて見てみると背格好は似ているが違う女性だった。アルベルトは気を取り直して女性の鎖を外そうとした時、女性がすでに死んでいることに気付いた。胸を刃物で一突きされている。野盗に殺されたのだろうか? 他の捕虜は無事なのだろうか? 急がなければ。

 アルベルトは奥の小さな道へ進んだ。奥から銃声や剣がぶつかる音が聞こえる。誰かが戦っている? アルベルトは呼吸が乱れるのを感じたがもう行くしかない。進んだ道の奥はまた開けている場所だった。

 アルベルトは細い道から広場に出てすぐに左の岩柱に背中を預け、そこから松明で照らされている空間の中心を覗き込んだ。黒いマントの七人組を中心に野盗が死体の山を築いていた。アルベルトは息を呑んだ。この人数をたった七人で? 全員がかなりの凄腕のようだ。先程銃を撃ったと思われる野盗が首をはねられた。まだ野盗が何人か戦っているが、野盗一人に対してマントの男達が二、三人で素早く襲い、次々と斬り捨てながら躊躇せず次の標的に迫っていく。喚き散らしながら男に向かって銃を撃っていた最後の野盗が、走りながら間合いをつめた二人に斬り殺された。

 さっきまで十人ほどいた野盗がものの一分ほどで全滅した。彼らは何者なのだろうか? アルベルトは松明の灯りが届かない左の奥の壁に、鉄格子と捕虜達の姿を認めた。扉は開いている。近付いて覗いてみると全員殺害されていた。

(うっ。なんて酷い事を)

 野盗に殺されてしまったのだろう。アルベルトは急いで顔を確かめたがカタリナはいなかった。もう他に部屋はない。きっとカタリナは行き違いになったんだ。今頃王都に逃げているだろう。アルベルトは鉄格子に背中を預け息を吐いた。鉄格子と剣がぶつかりカシャッと音を立てた。七人組がその音でアルベルトに気付いた。男達は突然現れたアルベルトに驚き、しばしそのまま見ていたが、彼らは目を交わしたかと思うと突然二人が走りながら間合いを詰めてきた。

「え? うわっ!」

 姿勢を直そうとしたアルベルトは後ろの檻から流れてきた血で足を滑らせバランスを崩した。前方の男はアルベルトに袈裟がけに斬りかかってきた。

「よせ! 僕は野盗じゃない!」

 姿勢が不安定ながらも相手の剣を受け止めようと右手をかざし、刃を合わせようとした。すると男の剣を受け止めようとして当たった刃がそのまま相手の刃を両断し、刃先はアルベルトの左肩の後ろに飛んで行った。急に刀身を失った男はバランスを崩し、前のめりにアルベルトの右後ろの鉄格子にぶつかった。右から斬りかかろうとしていた男は、味方が邪魔で攻撃を中断した。

 アルベルトはこの一瞬に奥の男達に視線を走らせた。彼らはアルベルトの剣の斬れ味に驚きながらも次々と走って近付いてくる。なぜかは分からないがこいつらは僕を殺すつもりだ。冗談じゃない。こんな所でおとなしく殺られるつもりはない。

 アルベルトは自分の血が冷えるのを感じた。左手の大根の欠片を数個、右の男にポイと投げ刃に変えた。刃のつぶてが男の胸を次々と貫通した。そのまま鉄格子にぶつかっていた男に向かって剣をふるい、鉄格子ごと斬り捨てた。

 アルベルトは走ってきた三人に向かって走りながら残りのつぶてを投げ放ち、ポケットに入れていたリボン状の大根を取り出し、投げ縄のようにヒュンヒュンと振り回した。刃のつぶてで顔や肩を負傷し、躊躇した三人がリボンの刃で切断され倒れて行く。

 アルベルトは残りの二人に向かってリボンの刃を投げ付けた。一人は咄嗟にしゃがんで風切音を立てながら回転する刃をかわしたが、もう一人は横薙ぎに切断され絶命した。アルベルトは踏み込み、しゃがんでいる男に向かって右手の剣を振り下ろした。男はしゃがんだ状態で剣で受け止めようとしたが剣ごと両断され力尽きた。

 アルベルトは荒くなった息を整えた。七対一でも勝てた自分に驚いた。大根の刃の斬れ味は相手の防御をものともしない。圧倒的な攻撃力に今初めて自分が魔法使いだという実感を覚えた。

 そういえば足を滑らせた血は鉄格子に入る前はなかった。アルベルトはもう一度捕虜達をよく見てみた。まだ血が流れ出てる者もいる。今殺されたばかりなのか? アルベルトは殺された男の胸の刺し傷と野盗の剣、そして今戦った者達の剣を見比べてみた。野盗の武器は太い刀身のサーベルや銃。そして七人組の武器は全員同じ両刃の剣だ。刺し傷の大きさは両刃の剣の方だった。

 他の野盗の武器も確認してみたが皆太いサーベルやもっと細いレイピアだった。捕虜達を殺したのは七人組の方だ。こいつらは何者なんだろう? 死体のマントをはがすと中に着ている装備はなかなか立派なレザーアーマーやガントレットだ。どこかの部隊だろう。近くの領主ウォーケンに報告した方がいい。ウォーケンには子供の頃何度か会ったことがある。取り次いでもらい、カタリナの事も話して協力してもらえたら助かるだろう。

 アルベルトは最初のつぶてで倒した男の装備が比較的損傷が少ないことを認め、その鎧をマントで包んで持っていくことにした。

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