好ましい服

湖ノ上茶屋(コノウエサヤ)

【KAC20247】


 今晩私は、人生ではじめて葬式へ行く。

 震える手で持つスマホの画面には、複数の数珠の写真。

 どれを見ても、近所のおばちゃんがつけていたブレスレットに似ている。

 私が持っている似たようなブレスレットを、数珠の代わりにしてもバレないだろうか。

 

 私を悩ませるのは数珠だけではない。

 身近な人が誰一人として死んだことがない幸せな私は、喪服を持っていないのだ。

 喪服が売っているだろうデパートまで行く時間はないし、注文すればその日に届けてくれるような都会に住んでいるわけでもない。

 喪服の用意も無理だと諦め、クローゼットの中から黒を探した。

 就職活動の時に使ったスーツが目に入る。

 まだ着られるだろうか。

 不安を感じながら、袖を通してみた。

 ジャケットはなんとか着られそうだが、スカートのファスナーが上がりきらない。

 強引に上げることはできるけれど、数時間腹を引っ込め続けなければならないだろう。

 そんなこと無理だ。

 もっといい黒はないかと、衣装ケースを開けてひっくり返した。

 ゆったりシルエットの、黒地のシャツとロングスカートが目に入る。けれど、すぐに次の黒探しへと移った。

 なぜならそれは、黒地であるというだけで、白い水玉模様だったからだ。

 いくらなんでも、水玉模様は相応しくない。

 その後も家に泥棒が入ったかのような惨状になるまで、私は黒を探し続けていた。

「なんで死んでんだよ。バカ」

 私を悩ます死人に文句を言った。


 死んだあの子のことを思い浮かべる。

 あの子はいつも笑っていた。

 就職活動の時、みんなが黒いスーツを纏っているっていうのに、あの子だけ薄いグレーだった。

『黒、嫌いなの。黒地に模様が入ってるとかはいいんだけどさ、真っ黒なやつは嫌いなの。魔女かよ! って感じがするから』

 記憶の中の、あの子が言った。

 

「おい、葬式に着てくる服じゃねぇだろ。帰れ」

 そう言われたけど、私は気にせず焼香をした。

 あの子の遺影に近づいた時、ニコって笑ってくれた気がした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

好ましい服 湖ノ上茶屋(コノウエサヤ) @konoue_saya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ