第7話 社員と友達

 日曜日の夜、友達から焼肉に誘われた井達は、店外でスマートフォンでネットニュースを読みながら、加熱式煙草を咥えて一服をしていた。

 大粒の雨が降り、屋根があるとはいえ、風に流された雨粒たちが木材で組まれた床に叩きつけ、履いていたジーンズに弾き飛んでしまう。個人的な偏見ばかりが書かれた記事に溜息を吐き、店内を振り返ると自分の頼んだシメのビビンバが届いていた。


「やべ」


 吸い殻を捨て、電源を切って小走りで店内に戻ると、高校時代からの付き合いであるカエは、美味しいものに目がない井達の姿を笑った。


「そんなに急いで帰ってこなくても、食わないよ?」

「別にそこは心配してないけど、できたてが一番美味しいんだよね」


 ほどよい辛さが手を止めさせないビビンバ。しかし、その手をカエが、煙草はやめないの、と直球質問で止めさせる。高校時代は大人しくて、不良と絡むの面倒だからカエ以外とは絡まない、と言って喫煙をしていた奴等に対して嫌悪感を抱いていた井達に違和感を覚えていたのだろう。


「それは、未成年で喫煙してたってことが問題だから。別に、煙草を吸うから嫌いって話なんかじゃないから」

「でも、私は心配なんだよね。ほら、私と電話してる時も吸うでしょ? そんなに吸ってたら、早死にするんじゃないかなって」


 目から力が抜け、寂しそうな顔で七輪の上に残されたハラミをトングで皿に移し、一口囓る。そんなカエに、井達は少し目を動かして、わかったから、と宥める。


「早死にはならないけど、カエがそういうならちょっとはやめる努力はする。でも、まだ気持ちが落ち着かないから時間がかかるってことは、わかって」


 禁煙に対して努力をする意思を微かに匂わせると、カエは安堵の笑みを浮かべる。その反面、この答えを将来、何度も聞かされて結局やめないのだろう、と腹を括った。


「すいません、ビビンバです」


 店員さんが待たせたことを申し訳なさそうに、鉄板に乗ったビビンバを持ってきた。しかし、このビビンバは既にテーブルに届けられ、他の店員さんが先に持ってきていたことに気付いてなかったのだろう。カエが、もう届いています、というと店員さんは、そうでしたか、といって首をかしげながら去っていった。


「食いしん坊、頼んだ?」

「誰が食いしん坊だよ、さすがに一つしか食わないっての」


 最後の一口を入れると、お腹をぽんぽんと軽く叩き、満足を口にする。カエはその様子を見て、誰にも聞こえないよう、左手を添えて井達に声をかける。


「最近、太ってきたんじゃない?」


 その問いかけに、井達はぎくっとなり、表情が強張る。こんな記事を読んだことがある、毎日煙草を吸っていると、少しずつ太るということを。井達の頭の中を『禁煙』という二文字が微かながら彷徨うのであった。





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