地味子さんは色っぽい

真野てん

第1話

 同期入社の小岩井さんは、めっぽう地味だがすこぶるエロい。

 もとい――色っぽい。


 パサついた黒髪ロングをうしろにひっつめただけで、前髪も作らない。

 眼鏡っ子だが、外したら美人というようなこともない。

 とにかく普通なのだ。

 メイクも本当に最低限、仕方なくやってますという程度。目も奥二重で小っちゃい。

 そばかすだって隠す気もないのだろう。


 いつもラフなパンツスーツで出勤。

 それでも拝めれば儲けもの。

 出退勤の時間にすれ違うことも稀なので、記憶の中の彼女はつねにモノクロチェックの事務服姿だった。


 仕事ぶりが特に優秀というわけでもない。

 言われたことを無難にこなす。

 可もなく不可もなく。

 課長などは「それくらいが一番助かる」とのことだが、高い能力をあえて隠しているのではないかとさえ勘繰ってしまう。

 これはひいき目が入っているのだろうか。


 学生時代はどちらかと言えば派手な女の子が好きだった。

 歴代の彼女もギャルっぽい。

 しかし社会に出ると、なぜだか物静かな女性に魅力を感じるようになる。無意識に癒しを求めているのだろう。

 がっつりした肉料理より、煮物や刺身などが食べたくなるのと似ている気がする。


 小岩井さんは油断している時に見せるふとした表情がいい。

 それほどセクシー過ぎないスタイルがいい。

 髪をかき上げた時のおくれ毛がいい。

 でしゃばらないところがいい。

 孤高なところがいい――。


 そんな小さな想いを秘めたまま、ある時、いくつかの部署合同で飲み会をやろうということになった。

 小岩井さんはこういうのは参加しないだろうと思っていたのだが、意外なことに彼女は会場に顔を出していた。それもぼくの隣りに座って。


 陽キャどもが酒宴を上手に回す中、ぼくはハイボールで頬を真っ赤に染める小岩井さんの横顔をずっと見ていた。

 久々に見る彼女の私服は――といっても露出は全然ないが――刺激的だった。


「小岩井さんって……こういう飲み会とか来るんだね」


 酔った勢いもあってか、思っていたことを簡単に吐き出せた。

 酒のちからは偉大だと思う。


「意外ですか?」


 蠱惑的な笑みをたたえて彼女はそう返してくる。

 目元がアルコールでとろんとなっていた。


「や、その~なんというか。ひとりが好きなのかなって」


「あ~そういうの決めつけですよ~」


「ははっ。そうだよね」


 まるで入社当時の研修期間みたいに。

 ぼくたちはお互いに忙しかった、ここ数年分の時間を取り戻すかのように会話を重ねた。心地よかった。この気持ちよさはなんだろう。

 ふと。

 ここで終わりたくないと思ってしまった。


「あの、今度さ」


「私――六月に結婚するんです」


「え……」


「だから今日は、最後にハメ外そうかなと思って」


 汗をかいたグラスで頬を冷ましながら彼女が言った。

 視線の先には、陽キャどものつついたイサキだかホッケだかの塩焼きがあった気がする。

 ぼくが呆然として次の言葉に迷っていると、彼女はクスクスと笑い出した。


「ほら~また決めつけて~。独り身だと思ってたでしょ? よくないですよ。そういうの」


 見透かされた。

 その通りだ。彼女の魅力はぼくだけのものだと思ってた。しかし実際には、とうの昔に誰かの物になっていたのだ。いや、その誰かのおかげで彼女はこんなにも――。


「え、あ、あははは。お、おめでとう!」


 ぼくらは周りのみんなに気付かれないようにそっとグラスを合わせた。

 乾杯。

 どこかそれがたまらなく背徳的に感じる。

 それは彼女の瞳に宿る、別の男の影が妙に生々しかったからかもしれない。


「入社したばかりの頃。私、あなたのこと好きだったんですよ?」


「え、うそっ」


 驚いたぼくの顔を見ると、彼女は上目遣いに瞳を潤ませた。


「うそに決まってるじゃないですか」


 丸首のTシャツからのぞく、胸元まで真っ赤に染まった彼女の色香といったらない。

 場もわきまえずに抱き締めたい衝動に駆られる。

 だがそんなこと、出来るはずもなく。


 地味子さんは色っぽい。

 この日は特にそう思った――。

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地味子さんは色っぽい 真野てん @heberex

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