この世に人は

この世に人は我ひとり。私以外に人間と呼べるものはいない。私は私が今見ている世界をそう定義する。


私と他の人間は普段から水と油のように反発し、まるで噛み合わない。話したいことも聞いて欲しいことも考え方もまるで違う。それに他の人間は同じ人間に対する態度があまりにも酷い。私は他の人に対して人間に相応しい尊厳を重視した交流を心がけているのに、他の人といえば怒鳴る、けなす、見下すと概ね害獣に向けるかのような怒りしか見せない。


私が道徳や規範を何よりも大事にして生きているのに、他の人はそれを塵よりも軽いものとして見ているのだ。これではアレを同じ生き物だと思えと思う方が無茶だ。獣や人でなしと呼んだ方が正確だろう。


こんな人でなしが蔓延る世の中はもっとより良くなるべきだ。大人も子供も関係なく、再教育が必要だと思う。それも学校で教えているような9割がた役に立たない『基本的知識』などではない。世界をより良くするという、はっきりとした目的を持った教育を万人に施すべきだ。


まずは人を良くする教育からだ。それには本を読ませることが1番いい。それも古典がいいだろう。何百年も昔に産まれ、今日まで生き残ってきた人類の知恵の源泉を全員に飲ませ、まず共通の意識を作る。その意識とは『よく生きるとは何か』ということだ。多くの書を読み神と悪魔、愛と憎しみ、正義と悪について知れば多くの人は嫌でもこれについて考えるようになる。


考え始めたら次はその考えをぶつけ合える社会を産まなければならない。なぜなら1人がどれだけ深く塾した考えを持っていようと、それはなんら役に立たないからだ。たった1人が産んだ『世界を変える導』があるとする。それは今の世を光に満ちた物にかえるだろう。だがそれを万人が見えるところにおこうとする時、『世界』という険しい壁を乗り越えようと1歩足を踏み出したところで、彼はその険しい道を登りきれるだろうか?下から支えてくれる者も、上から引っ張り上げてくれる者もなしにその長い理想を踏破できるか?


できまい。途中で力尽きて手を放し、地面へと叩きつけられるのがオチだ。同じ目的を持った人間は互いを励まし合い、助け合わなければならない。そうでなければ誰も壁を乗り越えることはできない。理想に向かっての一歩は万人で踏み出さなければならないのだ。


険しい壁を登り社会が産まれれば、理想の世界への道はほとんどできている。あとはそれの維持と改善を行うための規範づくりが必要だろう。新世界に道を作るのだ。生み出した理想を維持するためのルールを作り、そしてその理想が崩れた時にそれをより良いものへと変えることができるような改善策を先に作っておくことが必要だ。そうすることで後世の世界にも理想は引き継がれ、世界は永続的により良い方向へと発展していくことになるだろう。


この世に人は我ひとり。私以外に人間と呼べるものはいない。私は私が今見ている世界をそう定義する。


私の周りに私と同じ孤独をもち、理想へと足を共に踏み出そうとしてくれる者は誰もいない。理想を分かちあえない世界はとても寂しいものだ。世の中がより良い方向へと進み、私と同じ『人間』が生まれてくることを切に願う。

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『私』の採掘場 @tubasa8787

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