俺の勝負服はピンク色

のざわあらし

俺の勝負服はピンク色


 夏物を詰め込んだ衣装箪笥の奥深くに、ショッキング寄りのピンク色に染まったTシャツが眠っている。その胸元には黄緑の蛍光色で「Say Cheese!」と書かれ、文字の周囲にはカメラを手にした男性がゆるいタッチで描かれている。また、背面の裾付近にはローアングルを狙う、まるで盗撮犯のような姿勢の男性が一人突っ伏している。
 この独特としか表現しようのないデザインのTシャツは、今から十年ほど昔、大学三年生の春に購入したものだ。長きに渡って封印されていたTシャツは、宝箱の中に眠る金塊のように、今でもまばゆいばかりの艶やかさを放っている。大学生時代は無かったことにしたい出来事ばかりだが、このTシャツにまつわる思い出はとりわけ忘れ難い。


 写真部に所属していた俺は、部内における自分のキャラクターの立て方に悩んでいた。他の部員が持っているスキルは様々だった。暗室を使った本格的なフィルム現像、編集を駆使したアーティスティックな表現、皆を笑わせる飲み会の盛り上げ役、写真以外の何かに特化したカルチャー知識……。どの適性も持っていなかった俺は存在感を欠片も発揮できず、後輩から好かれるどころか、意識の範疇に収まっていないことを自覚していた。何かを持っている同級生達が、羨ましくてたまらなかった。


 三年目の春、俺は新歓で勝負に出ようと賭けた。内面では土俵に立てないのだから、特徴的な外見で存在感をアピールするしかない。在籍している部員からの印象は変えようもないが、せめて新入生の瞳には「キャラ立ちしている俺」の姿を焼き付かせたい。募っていく焦燥感が、俺の正常な判断を失わせていった。


 奇抜な髪型・髪色にする勇気のない俺に取れる手段は、服装の印象を帰ることだけだった。大手量販店でモノトーンの服を買ってばかりいた俺の印象を帰るには、派手な色を取り入れるしかない。そう考えながら人目を惹くデザインの服を求めている最中、池袋の駅ビルであのTシャツ・・・・・・を目にした時、のけぞってしまいたくなる程の衝撃が全身を駆け巡った。何が何でも目を引く色合いと、写真要素を備えたデザイン。これなら間違いない。俺は一切の躊躇をせずに購入へと踏み切った。


 ──新歓当日の周囲の反応は全く覚えていない。スルーされていたのだろう...…。というのは俺の願望、或いは防衛反応だ。

 薄ぼんやりとした記憶の中の新歓で、三十人近い部員の注目が浴びせられる。「似合っていない」「無理するな」「急にどうした」「何それ?」彼らは生温い目線で訴えていた。

 外見によるキャラ立ちの方向性を見失った俺は虚しさを感じ、買ったばかりのTシャツを即座に封印することにした。奇をてらって得られたのは虚しさだけ。俺がすべきだったのは撮影技術の向上やトーク力の強化など、内面を磨く努力だった。いや、そもそも容姿によるキャラ付けという行為自体が無駄だったのだ。そんなものは所詮、付け焼き刃に過ぎない。上部だけを取り繕っても、ただ虚しく折れてしまうだけだ。

 また、Tシャツとそのデザイナーに対して、ウケ狙いの対象にしようとしたバチが当たったのかもしれない。決してデザインがダサい訳ではない。着こなせるセンスも持たずに手を出した俺が、百パーセント悪いのだ。その申し訳なさは今でも引きずっており、着るつもりのないTシャツを未だに処分できずにいる。


 結局、新入部員とは微妙な仲を保つことになり、ついぞ「あの服装、どう思った?」と聞けないまま俺は引退した。「良いセンスしてましたよ」と言ってくれた後輩が一人でも居てくれたなら、この忘れたい過去も、良き思い出として心に残っただろうか。

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