アルカイアの神々 永遠に消えない物語

ゆきいろ

ヘステリオスとルミナ

 やみのとばりが世界のすべてをおおいくすなか、火の神ヘステリオスは孤独こどくかげとして夜空を彷徨さまよっていました。

 永遠えいえんに続くかのような暗闇くらやみは彼の心の中にも侵入しんにゅうして、かつての繁栄はんえい栄光えいこうほこった神々であるアルカイアの時代の思い出を少しずつ飲み込んでゆきました。


 偉大いだいなるアルカイアは、もうどこにも存在そんざいしません。

 彼らが長い旅を終えてどこかに消えてしまうと、宇宙にはやみだけが残りました。

 暗くて静かなその場所は、まるで夢を見ない眠りの世界のようでした。

 しかし、アルカイアが消えてしまったことはまったく自然なことといえました。

 それというのも、似たようなことは彼らよりももっと昔の時代から数え切れないくらいり返されてきたからです。

 栄華えいがをきわめたものが何らかの理由で去ってしまうことは当然の摂理せつりといってもいいのでしょう。


 年老いたヘステリオスは、虚無感きょむかんと孤独に満ちた暗闇くらやみの空をとぼとぼ歩いていました。彼はもはや、消えゆく灯火ともしびのように時が過ぎ去るのを待つだけの存在そんざいでした。


 年老いたヘステリオスの顔に刻まれた深いしわのひとつひとつが、彼がこれまでいくつもの試練しれん過酷かこくな冒険を乗り越えてきたことを物語っていました。

 彼のひとみには、かつてこの世界のいたるところに存在したぬくもりと、同時に深い悲しみがありました。


 ヘステリオスは偉大いだいなるアルカイアに火の使いかたを教え、文明ぶんめい発展はってん貢献こうけんしたといわれています。

 しかしそんな彼の力も、今ではかなり弱くなっていました。

 いま彼の胸のなかにあるのは、蜃気楼しんきろうのように遠く過ぎ去った昔の思い出だけでした。

 楽しい出来事と同じくらい悲しい出来事もありましたが、思い出のひとつひとつが、夢のかけらのようにかけがいなくきらきらと輝いていました。

 今はもう、彼は日を追うごとに小さくなっていく心の火のゆらめきを感じながら、自らが消滅しょうめつしてしまうのを待つだけの毎日を過ごしていたのでした。


 そんなあるとき、彼の瞳は遠方にほのかに輝く光をとらえました。

 それは、宇宙の果てから放たれた光の粒子りゅうしのようでした。


 年老いたヘステリオスは不思議に思いました。

 アルカイアがこの世界を見限り、宇宙の風のなかに溶けていったのを年老いて細くなったそのまなざしで見届けたとき、美しいものやとうといものもいっしょに消えてしまったものだとばかり思っていたからです。


 年老いたヘステリオスは歩みを進めました。

 その光に近づくにつれ、時間が凍りつくような静寂せいじゃくの中で、彼は心の奥底おくそこからき上がる感情を覚えました。この光は、アルカイアがこの世界に残した最後のおくり物。絶望ぜつぼうの中に残された希望のあかしに違いないと彼は感じたのでした。


 彼の足元には永遠に続く漆黒が広がっていましたが、彼の眼前がんぜんには光へと続くほそい道が認められました。

 へステリオスは老体にむちを打って、杖をつきながら光を求めて歩き始めました。

 その旅路はけっして簡単なものではありませんでした。

 しかし、彼の歩みには力がありました。

 ただ孤独こどくのなかに消え去るのを待つだけだった日々とは違い、いまは生きる目標ができたからです。

 

 彼が求めているのは、遠くから見れば砂粒のような小さな光でしたが、近づくにつれその光は徐々に明るさを増していきました。彼は目を焼かれながらもなんとかみちびきの方向へと歩みを続けました。

 そして大きくなった光に完全に包まれたとき、年老いたヘステリオスのれ枝のような、それでいて太くたくましい両腕りょううでには、可愛らしい女の子の赤ん坊が抱かれていました。


 ヘステリオスはしずかに言いました。


「この赤ん坊は偉大いだいなるアルカイアが残したものにちがいない。だとすれば、この子はなにもなくなったこの世界で最もとうといものだ」


 その瞬間しゅんかん、彼を包みこんでいた強い光は赤ん坊の中に吸いこまれていきました。

 そして彼の思いを知ってか知らずか、赤ん坊は彼の太い指を手を握り、無邪気むじゃきに笑いました。

 ヘステリオスは、この赤ん坊が残っている限りこの世界の光も消えることはないと信じ、これを守りみちびく使命をになうことを誓いました。


 彼の心の火は少しずつその温度を高めていきました。

 この使命は、彼にとって深い満足感と生きがいをもたらし、暗闇くらやみの中で長きにわたって彼を支え続けた内なる炎に、新たな燃料ねんりょうを与えたのです。


 彼は光の赤ちゃんにルミナという名前をつけてあげました。

 ルミナとは古い言葉で光を意味します。

 この名前には、この世界にこの子が存在するかぎり、光もまた存在するようにという願いが込められていました。


 ヘステリオスはこの瞬間しゅんかんもっととうとき者、世界に新たな光をもたらす者、ルミナの親として、そして同時にルミナの忠実ちゅうじつなしもべとして生きることを誓いました。


 ところで年老いたへステリオスの他にも、仕えるべきあるじを失い、広大なやみの中を彷徨さまよっていた力なき神々がルミナを求めて次々と集まってきました。


 力なき神々はルミナの姿を確認すると、その姿をひと目見ようと近寄ってきて、べたべたとその小さな体にさわったり抱き上げたりしていました。


 鍛冶かじの神が言いました。

「この子が次のあるじか。まだ働かせるつもりかよ」


 恋の神が言いました。

「この子には将来しょうらい、どんな出会いがあるのかしらねえ」


 絶望ぜつぼうの神が言いました。

「はあ。きりになりたい。てか、さっきまでほとんどきりになってたのに」


 彼らの他にも、集まった神々が口々に好きなことを言い合いました。

 年老いたヘステリオスは、偉大いだいなるアルカイアが去ってなにもなくなった寂しいだけのやみのなかに、まだこんなにもたくさんの神が消滅しょうめつせず残っていたことにおどろきました。


 ルミナは偉大いだいなるアルカイアの忘れ形見であり、それゆえに彼女はこの世界の再生の象徴しょうちょうに違いありませんでした。

 新たな世界の始まりを告げられた神々のなかには、面倒くさそうに愚痴ぐちをこぼす者もいましたが、よく見るとそんな彼らの表情からも喜びがれ出ていました。


 この出会いは、永遠に消えない物語の一部です。

 光の赤ちゃん、ルミナを取り巻くあらたな神々の物語は、幾度いくどとなくり返されるほろびと再生のなかで、閉じられた円環えんかんの縁をなぞるように終わることのないサイクルをたどることになるのでしょう。

 偉大なるアルカイアのように栄華をきわめたものでさえ、神々が見た夢のようにあとかたもなく散ってしまう。

 これが当然の摂理せつりであるならば、ひとつの終わりが同時にはじまりに繋がることもまた、同じように当然の摂理せつりといえるのかもしれませんね。

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