宙を震わす未果のこえ

紫陽_凛

 未果ミカは宇宙を使って2次元に絵を描く。シリウスの薄青、破裂寸前のベテルギウスの橙、そして暗黒物質の、光すら吸い込む黒。描くものは色々だ。

 21次元存在の未果は18次元存在の私を見下ろしながら次は何がいいかと問う。私はどこにいるかすらわからない未果の影を見ながら、未果の似顔絵が見たいとねだる。未果は「わかった」と言う。

 未果と私は超時空ネットワークのボトルメールで知り合った。地球という手あかのついた惑星に見切りをつけて居場所を変えようと思っていた私にとって、漂着したボトルメールは晴天の霹靂ヘキレキだった。晴天も霹靂も知らないけれど、ふるい言葉は今も私たちの間で生きつづけている。

 未果はそうしたふるい言葉やふるい事柄を好んだ。未果と言う名前も自分でつけたのだという。この宇宙じゅう、数多くの言語や文明や惑星でささやかれるあまたの言葉の中から、日本語ジャパニーズを選び、ミカという音を選び、そしてそこに漢字カンジを当てた。未だ果てず、未果。私たちは、木星に移住した。

 未果は遠い星系に手を伸ばして、赤外線や電波にも臆さずその色だけをすくいとっては、2次元の巨大な図表へとそれらを塗り広げていく。

「ナヨゥは、絵を描かないの」

「未果みたいに描けないから嫌」

 私は未果の影のなかにすっぽりとおさまると、そこで胎児のように体を丸めた。私は未果が絵を描いている間、ずっとそうして未果に甘えていた。未果と私はそういう関係だった。

 自画像ができたよと未果が言う。2次元の未果は、21ある次元の全てを折りたたみ、全てを平面に落とし込んでいた。私の目には、まるで複雑な超時空迷路の地図みたいにも思われた。私が未果よりも3つ次元が低いからそう思うだけなのかもしれない。未果にとってこれは自画像なのだ。

「どう思う?」

「不思議ね」

 未果は影を震わせた。私の聞こえない音域の笑い声。宇宙を震わし、緩やかな流れを作り、そして恒星たちへ干渉する電磁波みたいに、凛と鳴る。

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