聖女の婚活 ~感情の色が見える聖女は、魔王討伐後に平穏な生活を夢見て婚活する~

となりのOL

聖女の婚活

「すみません! 聖女のキャロル様だなんて、僕にはとても恐れ多くて……!」


 目の前で会話を楽しんでいたはずの青年は、突然そう言って席を立った。

 小銭をテーブルに置くとともに荷物を慌てて取り、固まる私を置いて、逃げるようにカフェから出て行く。


 まあ、薄々は察していた。カフェでの待ち合わせで、会った途端に青くなっていった青年の顔、店に入って注文するまでのガチガチに緊張した様子に、虚ろな目でコーヒーをこぼしながら飲む姿。

 これはヤバイかもと頑張って盛り上げたりしてみたが、予想通りの結果だ。


 魔王を倒した後、婚活を始めてもう三カ月。お断りをされたのは、これでちょうど九十九人目だ。王都の年頃の独身男性には、もう全員会ったに違いない。

 

「はぁ、せっかくのだったのに……」


 どうしてこうも上手くいかないのかと、ため息をつきながらコーヒーを飲み干す。

 まあ、逃げられたのは仕方ない。てか、律儀にお金を置いて行くなんて、さすがは。次の白は、必ず捕まえよう。そう思いながら、会計をして店を出る。


 すると自分の荒んだ心とは対照的に、外は、何やら女性たちが集まって賑やかだった。恋するピンクや、興奮した赤色が視界に飛び交っている。

 

 ……嫌な予感がする。今の王都は、魔王討伐から三カ月以上がたったとはいえ、まだまだ勇者達の話題一色だった。

 だから、勇者のエリックは当然のことながら、他の男性メンバーが外を出た時も、あっという間に女性たちに見つかって囲まれてしまうのだ。大体はそう、こんな感じに。


 エリックは良い奴だから別にいいけど、他のメンバーには会いたくないな。と思い、バレないように気配を消して、スッと横を素通りしようとする。

 しかし、そんな思惑虚しく、その騒がしい集団の真ん中からこちらに向かって声が落とされた。


「キャロル! どうした、そんな暗い顔して。また失敗したのか?」

「~~うるさいわね、グレゴリー。そんなのアンタに関係ないでしょ!?」

「なんだ。やっぱり、ダメだったのか」


 女性達をかき分けて、赤髪で長身の男が出てくる。

 がっちりとした体格は、取り囲む女性達の一回りも二回りも大きい。


 この男は、私と同じ勇者パーティーのメンバーで、剣士のグレゴリーだ。

 近衛兵から勇者パーティーに加わり、最前線で魔王を討伐した、いわゆる男気があって将来有望な男。

 

 私の存在を捉えて睨んでくる女性達の視線が怖くて、早歩きで逃げる。が、グレゴリーはそんな私の後に付いて、さらに会話を続けてきた。後ろから、私達を追いかける女性達の声が遠くなっていく。

 彼の今の色は黄色。こうなったときのグレゴリーはしつこい。


「お前なあ。大人しく、国王陛下から伴侶を見繕ってもらえばいいじゃないか。聖女だから引く手あまただろ? なんでそんなに平民にこだわってんだよ」

「アンタは元々貴族だから分からないでしょうけど、貴族なんてイヤよ! 私はそもそも平民なのよ!?」

「何でだよ。女は皆、貴族に憧れるもんじゃないのか?」

「そんなの、貴族のことを何も知らないから憧れられるのよ。私は聖女としてたくさんの貴族に関わってきたから、分かっているの。貴族となんて結婚したら、一生屋敷に閉じ込められて、を利用されるだけだわ」

「ああ、お前の能力は特殊だからなあ」


 そう、私は聖女。そして、相手の感情や性質を、色で見分けることのできる能力を持っていた。恋している人間はピンク、そして、悪意を持っている人間は黒といったように。


「私は平民らしく平々凡々な生活をして、子どもの頃の夢だったお菓子屋さんでもして、誰の思惑にも利用されずに慎ましく生きていきたいのよ」

「ふーん。でも、今のところ全敗なんだろ? お前は慎ましい生活をしたくても、お前の能力は知れ渡ってるんだから。相手としては、隠し事もできなくて嫌だろうよ」

「そんなこと分かってるわよ! てか、そんなことアンタに関係ないじゃない!」


 この能力のせいで、聖女と分かる前は散々嫌な思いをしてきた。

 だからこそ、魔王を討伐して聖女の役目も果たした今、理解ある人と結ばれて平穏に暮らしたいと思っているのだ。

 

 それなのに、どうしてこうもグレゴリーは突っかかって来るんだろう。と、苛立ちながら後ろを振り返ると、そこには苦しそうに顔をゆがめてこちらを見るグレゴリーの姿があった。


 今まで見たこともない彼の姿に驚いていると、グレゴリーは私の手を引いて人気のない路地裏の方に向かっていく。

 そして、突き当りでようやくこちらを振り向いたかと思えば、壁に私を押し付けるようにして近づいてきた。


「……俺にしとけよ」

「……は?」

「俺にしとけって、言ってんだよ!」


 徐々に顔を赤くしていくグレゴリーに、こちらの顔も熱くなっていく。

 え、ちょっと待って。まさか……って、グレゴリーの色が黄色から橙色、そして赤っぽく変化していってる⁉


「え、まさか。アンタ、私のこと……」

「そうだったら、何なんだよ」

「いや、アンタ、侯爵家の嫡男じゃない! 私はもう貴族はイヤなの!」

 

 この場の雰囲気に耐えられなくなって、グレゴリーと壁のわずかな隙間を縫って逃げ出そうとする。しかし、筋肉の壁に出口を塞がれ、そのまま後ろ向きに抱きしめられた。


「貴族が嫌じゃないだろう⁉ お前は、その能力を利用されるのが嫌なだけだ。ずっと一緒にいたんだから、お前がどれほどその能力に悩まされてきたのかも知ってる。でも……それでも、卑屈になることなく前向きに頑張るお前の姿が眩しかった」

「ちょ……やめてよ……」

「いいや、やめない。キャロル、俺と結婚してくれ。お前の能力は、俺がお前ごと守るから!」


 そう言って、後ろから抱きしめられていた腕が少し緩んだと思ったら、くるりと向きを変えられて真正面から顔を見合わせた。

 そこに見えたのは、真っ赤なグレゴリーの顔と、周囲に浮かぶ白。


「ちょっと。もう……私、次の白は絶対って思ってて……なのに、それがアンタだなんて……」


 白に埋め尽くされて、視界が徐々に滲んでいく。

 一拍置いて、また抱きしめられて。胸が熱く、色々な感情がこみあげてきた。同時に、白が徐々にピンクに染まっていくのが見える。


「……それ、本当にちゃんと守るんでしょうね⁉︎ 私、侯爵夫人とか無理っていうか……本当は、二人で小さなお菓子屋さんやるくらいで満足なんだから」

「ああ、俺の全身全霊で守る。あと、ほとぼりが冷めたら、侯爵領にこっそりお菓子屋さん作ろう」

「ホント⁉ それなら……わかった。うん、頑張る」

「……てか、なんでお菓子屋さんなんだ?」


 あ、淡いピンクが混じる白に、小さな紫が浮かんだのが見えた。素朴な疑問ってやつだ。

 これを言うのは恥ずかしいんだけど……


「だって、皆の心からの笑顔を見たいの……お菓子屋さんなんて、甘くて、幸せしかない空間でしょう……?」


 気恥ずかしさに、グレゴリーの胸に顔を隠すようにして小さく呟くと、ピンクが一気に濃く染まっていくのが見えた。

 ああ、こんな乙女なのが夢だなんて。だから、言いたくなかったのに……。


 でも、やっと白を手に入れたの。

 私を決して裏切らない、誠実の白。


 グレゴリーのことは、まあ、長い付き合いだし、どういう奴かも知ってる。

 これまでおくびにも出してこなかったから、まさか、私のこと好きだったなんて思いもしなかったけど……コイツがしつこく、頑固な男なのは知っている。

 守ると言ってくれた言葉を信じよう。


 見上げた先、鼻先が迫るほどの近距離で見つめた、彼の瞳に映る私の姿もピンクがかって見えた。

 軽く触れ、そこから歯止めを失って貪るピンクの波に溺れていく。


 二人の甘く、色鮮やかな生活が、今はじまった。

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