鳥で魚で人間で

2121

水底から眺める世界

 水底から見上げる空は青く揺らめいて、大きな光も揺れながら青い底まで降り注ぐ。

 背中を地に張り付けながら見る世界は、それ以外の世界がどうでもいいと思えてしまうほど静かで綺麗だ。波のない、穏やかな透明は俺に優しい。これが地上十メートルから飛べば、痣や切り傷、酷ければ骨折まで起こす凶器になるのだから不思議なものだ。

 魚はこんな気分で空を見ているのだろうか。優しい海の中で、射す光と海流を頼りに前へと進んでいく。それはなんて自由なのだろう。

 何かに光が遮られて、光が一瞬途切れた。目を凝らせば黒い影がある。

 鳥だ。種類までは特定できないが、大きな鳥のようだ。鷺か鳶か、どこかへ飛んで行く渡り鳥か。

 例えば魚がこうして上を向き、鳥を見たときどう思うのだろうか。

 魚は空を飛びたいと思うことはあるのだろうか。

 鳥は水を泳ぎたいと思うことはないのだろうか。

 ――俺はどちらも無いと思う。

 魚はそのままでも自由だ。無い物ねだりはきっとしない。黒い影を恐れることはあっても、飛ぶことまでは望みはしない。鳥もそう。そのままで自由だ。

 じゃあ、俺は?

 息が続かなくなって、底を手で押し浮上する。

「お、生きてた」

「わからん」

「今日痣ヤバイな。目の上も切れてるぞ」

「もうちょっとでなんか分かりそうな気がするんだけどなー」

 鳥にも魚にもなれない俺は、地面から解放されたところでどれだけ羽ばたこうが前に進むことは無いけれど、重力に任せて落ちる途中に出来ることがある。その間、二秒。高飛び込みはその一瞬に全てを注ぎ、美しさを競う競技だ。

 宙にいる間、俺は人であり魚であり鳥なのだ。波を切りながら泳ぐ魚よりも、空を往く鳥よりも、自由で魅力的であれと自身を奮い立たせる。

 階段を上り、ジャンプ台に立つ。

 失敗続きで嫌になってくるが、考えたところで何か良くなる感じはない。これは数をこなせば、何か見えてくるタイプの悩み。

 一歩、前へ出る。

 だからとりあえず、飛びますか!

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