とりあえずビール。それと六つ目タコの姿和え

くらんく

第1話

「とりあえずビール。それと六つ目タコの姿和え」


 開店して間もなく、乱暴に椅子に座る音とがなるような声での注文が聞こえてきて、今日の仕事が本格的に始まる。


 調理場からちらりと客の様子を伺うと、初めて見る髭面の屈強な体つきの男が腕を組んで座っていた。男は背が大きくは見えないが、その腕は丸太の様に太く、胸板は風船のようにパンと膨らんでいる。きっと巨大な斧を使って戦うタイプの戦士だろう。俺は男の職業を勝手に決めつけて料理に集中することにした。


 俺の料理人としてのポリシーは、客の求めるものを作る、というものだ。可能な限りという枕詞はつくが……。そのため基本的に作れないとは言わないようにしている。たとえ作れないとしても、できるだけそれに近いものを提供できるよう努力を怠らない。それこそが料理人のあるべき姿だと信じている。


 この異世界の狭間に迷い込んだ時は驚いたが、自分の料理人としてのスキルを活かす場所を得たのは不幸中の幸いだった。そして様々な異世界からの客を相手に四苦八苦しながら料理を提供するというのも、俺のポリシーと合致していて面白い。もしかしたら今は、現代にいた頃よりも充実しているかもしれない。とはいえ……。


「六つ目タコ……」


 知らない食材だ。


「姿和え……」


 知らない料理名だ。

 こういったことが多々あるため異世界の料理は難しい。しかし、俺にはこの世界で与えられた優秀なスキルがある。戦闘向けではない、料理人向けのスキルが。


「『多々買いエクストリーム・バイ』」


 スキルの発動と同時に目の前に仮想空間が広がる。ここでは一度仕入れをしたことのある店を遠隔で尋ねて買い物ができるのだ。俺は目の前にある商業都市アッカスの鮮魚店で尋ねる。


「六つ目タコはあるかい」


 無事購入できたそれは、禍々しい見た目をした紫色のタコだった。六つの目は黄金に輝いている。多少値は張ったがいい買い物ができた。次は調理だ。


 姿焼きは知っている。魚などを切り身にしないで焼いたもの。和え物は知っている。食材に和え衣を混ぜ合わせたもの。胡麻を和えたら胡麻和え、酢味噌を和えたら酢味噌和えというように混ぜるものによって名前が変わる。


「姿和え……」


 もう一度口に出して考える。俺の料理人としてのポリシーは、客の求めるものを作る。作れないはありえない。俺は頭を捻って捻って捻った挙句、ひとつの結論に辿り着いた。


「へいお待ち」


 男の待つ木のテーブルに陶器のグラスとひとつの白い皿を置く。グラスには泡が溢れんばかりのビールが注がれている。皿からは六つもの怪しげな眼光が男に注がれていた。


 俺は結局、ぬめりを取ったタコをそのまま提供した。つまり刺身だ。イチかバチかだったが、男は文句の一つも言うことなく黙々とタコに齧りついている。これは正解だったという事だろう。今日もまた一つ苦難を乗り越えることができた。これで料理人としてまた一歩前進したことだろう。


「ごちそうさん」


 席を発つ男に料理の代金を告げると、その値段の安さに驚いていた。俺は多く儲けようとは思っていないため、異世界の狭間で暮らしていける最低限の利益で料理を作っている。客の笑顔が見れるなら安いもんだ。


 男は俺に笑顔で礼を言って異世界の扉へ向かう。その先は彼の住む異世界に繋がっているのだ。そして去り際に、独り言を呟いて去っていった。


「六つ目タコって実在したんのか……」



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