白の独白

弓納持水面

第1話 独白

僕は卵から産まれた。

だから僕にはおヘソがない。

替わりに角と、そして尻尾がある。


だけど、僕は母には似ていない。

姉にも似ていない。

鱗もないわけじゃないけど、全身は覆っていない。


僕はハイリザードマン。

ハイリザードマンのしろだ。

みんなは母に敬意を表して竜白りゅうはく様と呼ぶけれど。


そして僕は生まれて直ぐに養父母に預けられた。

何故かって?

幼い姉に食べられない様にする為だ。


姉は母と同じくドラゴンに産まれた。

ドラゴンは聡明だと言うけれど、どんなに聡明な生き物でも幼い頃は別だ。

ドラゴンも人間も産まれてすぐは食べて寝るだけしか出来ない。


竜は人間と違い授乳はしない。

ただ鳥の様に取ってきた餌は与える。

そして竜は肉食だ。


僕が姉と巣にいたら、姉は僕を与えられた餌だと思うだろう。

母は姉の分別がつかず、食欲旺盛なうちは世話を焼いてくれるリザードマン達にも巣に入らない様に命じていた。

ただ僕の養父母はリザードマンではなく竜人だった。


☆☆☆


僕は5才になるまで、自分は養父母に預けられた竜人だと思っていた。

実子ではない事は分かっていた。

養父母には他に何人か実子がいて扱いがまるで違ったからだ。


扱いが悪かった訳では決してない。

逆だ。

話しかけられる口調から、食べる物までまるで違ったからだ。


リザードマン語には敬語という概念がある。

相手の身分により言葉を変えるのだ。

それは竜人族の祖がもたらした日本語にあった概念らしいが、僕は皆んなに敬語を使われている。


とにかく、その日まで僕は自分は竜人だと思っていた。

だが、その日急に村長むらおさに呼び出され館に行くと中庭に桃色のドラゴンが猫の様に座っていた。

大きさは牛ぐらいだった。


その時僕は初めて姉の[竜桃]に会った。

「久しいな[竜白]」初対面の僕に姉は言った。

僕は混乱し黙っていた。


「聞いてなかったか?お前は私の弟、竜の子だ。現に念話の古竜語が理解出来ているだろう?」

そう言われて始めて聞いている言葉がリザードマン語でないと気付いた。

いや正確には言葉ですらなかった。


僕はドラゴンじゃない。

そう姉に伝えたが、言葉に反して自分が何者か理解出来た。

僕は竜の仔たるハイリザードマンだった。


☆☆☆


その子は始め人間に見えた。

名前は龍鱗上里の菖蒲アヤメ

隣の村から通う女の子だ。


隣の村と言っても峠を越えなくてはならないから遠い。

僕の住む竜翼の里から大人でも一刻以上かかる。

だが、僕より2つ年上の女の子は、ほぼ毎日通って来ていた。


ちなみに姉と僕とは、やはり2つ齢の差がある。

母が産卵したのが僕の方が遅く、また卵から孵ったのも僕の方が遅かったからだ。

母に後に聞いたが、タイミング次第では姉に食べられていても不思議ではなかったそうだ。


隣村から通う女の子、アヤメは姿は違うが姉と親しく、リザードマンの刀術一二三流を学んでいた。

僕は養父から陶器作りを学んでいたが、刀術を学びたくなっていた。

いや、実際は刀術が学びたかった訳ではない。


何故かはわからないが、僕は一目見た時からアヤメが気になって仕方がなかった。

だからアヤメに近づきたくて、そんな事を言い出したのだ。

養父母に刀術を学びたいと告げると、何故かリザードマンの村長むらおさ宅に住み込み、そこから道場に通う様になった。


理由は当時、一二三流の奥義はリザードマンの家にしか伝授しないと言う掟があったかららしい。

門下生にはリザードマンも竜人もいたが竜人の家は目録まで、免許皆伝を授けられるのはリザードマンの家のみとなっていたそうだ。

今では改善されたが、何故そうだったのかは今でもわからない。


僕は懸命に道場に通った。

共に刀術を学ぶリザードマン達は僕に遠慮したが、アヤメと師匠だけは違った。

鍛錬ではこの二人にだけ、僕は容赦なく打ちのめされた。


そして、刀術だけでなく師匠からは学問も学んだ。

アヤメは大地母神官の娘だけあり博学で、薬師の勉強もしているという。

刀術も学問も及ばないとなれば、相手にしてくれないのは分かっていた。


☆☆☆


アヤメに出会ってから数年の月日が過ぎた。

その日、村長むらおさ宅は緊張に包まれていた。

夜に母が、ドラゴンの竜翠が訪ねてくるのだ。


皆を驚かせない様に日が暮れた頃、ドラゴンが舞い降りた。

ドラゴンは大きかった。

そして、その存在感と溢れでる竜力、魔力に圧倒された。


「少し見ない間に、大きくなった」ドラゴンは母は僕をみてそう告げた。

そんな事はない。

僕は普通の竜人と変わらない大きさだ。


それを言うとドラゴンは、母は笑った。

少なくとも、僕には笑っていると分かった。

姿の大きさを告げた訳では無い、時間経過を示したのだ。


その後、夜更けまで今までの生活を訊かれた。

僕は養父母に陶芸を、師匠からは刀術を、村長むらおさからは学問を学んでいると話した。

そして毎日訪ねてくる姉らと遊んでいると。


すると、ドラゴンが、母がアヤメをどう思うか?と訊いてきた。

僕は正直に気になると話した。

村長むらおさらもいたが、[古竜語]の念話だから会話は漏れない。


そなたの伴侶にと考えているが、話を進めても良いか?と訊かれた。

僕は大きく頷き、アヤメに相応しい存在になると宣言した。

ドラゴンは母は嬉しそうに咆哮をあげて、村長むらおさを驚かせた。


だがそれから数年経った、ある日からアヤメは道場に来なくなった。


☆☆☆


僕は最初姉にアヤメの事を尋ねた。

姉はアヤメは病を得た。

新たなる伴侶を探すが良いという。


次に母に尋ねた。

母はアヤメは重い病になったのではないかという。

この島では手に負えず大陸にある大地母神殿に送られた様だという。


村長にはリザードマンの三大部族のいずれかから嫁をもらうが良いと言われた。

黄の部族には家柄と齢が釣り合う娘が居ると言うし、青の部族には年上だが絶世の美女がいるという。

どちらかに卵を産ませるのも、望めば2人共に卵を産ませるのも叶うという。


養父母や義理の兄妹達は、竜人が好みなら竜人五家の娘を望むが良いと言われた。

家柄などが、ぴったりの美しい娘の元に婿入り出来るだろうと。


ただ師匠だけは違った。

時を待て、剣を極めよ。

さすればアヤメの病が癒えた時結ばれる事もあろう。

アヤメならば異国の土になる事はあるまいと。


僕は待つ事にした。

姉や母程ではないが、僕には時がある。

一人前になったなら、大陸の神殿にアヤメを迎えに行こう。

そう想いながら。


☆☆☆


それから更に三年待った。

牛ぐらいだった姉は書物で読んだ象の様になり、狩り場を飛びまわっている。


アヤメの事を語る者は誰も居なくなり、最後まで難色を示していた母も火蜥蜴の太守の言を入れて僕の伴侶を検討している。


アヤメは病に倒れたのだろうか?

大陸にある大地母神殿にまだ居るのだろうか?

姉に連れて行ってもらった海の見える丘から大陸の方を見る。

それが日課の様になっていた。


そうしたある日、母が怒り狂って帰ってきた。

太守や長達に謀られていたという。

そうして僕に告げた。


アヤメが島に戻っている。

火蜥蜴の街に大地母神の聖女と共に帰ってきた。

僕がまだ望むなら、アヤメを嫁に貰うという。

その後も色々あったし、姉と共に殺されかけもしたが、僕はアヤメと結婚した。


☆☆☆


宴が終わり、二人で初めて床に入る夜。

僕はアヤメに今までの想いを伝えた。

アヤメも旅の話を色々聞かせてくれた。

大地母神殿で学んだ師や村にしばらく滞在していた異邦人の聖女がアヤメを変えてくれたという。


僕もアヤメも初めてだったから、なかなか、すんなりいかなかったけど、僕らは互いに欠けた所を補うことが出来た。

僕は竜から竜人になれた気がするし、アヤメも竜人になった気がしたそうだ。

僕は簡易神殿を開くという妻を支えてゆく。


僕には翼はないが、アヤメと二人なら遠くまで飛べる気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

白の独白 弓納持水面 @yuminaduki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ