幸せのなんか顔だけ白くて茶色い角か飾り羽が頭から三本生えてるトリ

杉林重工

あのトリ、まじでなんなんだよ

「あのカクヨムの『トリ』をぶちころがして焼き鳥にすればいいんだ! そうすれば帰れる! こんなところ嫌だああああ!」


 子育てというのは難しい。子供というものは、さっきまで黙って雪の降る外の景色を興味深そうに見つめていたと思ったら、急に大声を出し始める。おれは娘の絶叫に耳を塞ぎつつ、必死で彼女を窘めた。相手は四歳。しかして思ったよりも力は強く、おれの手から逃れようと必死だった。外の出るつもりらしい。


「今の時期はスノーサラマンダーが活発なんだ。危ないからやめなさい!」


 おれは必至で娘を説得した。外は一面の雪景色。このエッジリバー王国の北に位置するショザー山脈には、雪の季節になるとスノーサラマンダーが目を覚ます。奴らは鱗を羽毛に変え、寒冷なこの土地に適応した面倒な魔物だ。


「くっ、スノーサラマンダーか……」


 おれの言葉に、娘はすぐに理解を示した。おれはこの子の前でスノーサラマンダーの話をしたことはないが、きっと本物の両親から聞かされていたのだろう。


「さあ、野菜たっぷりのスープを作ったんだ。一緒に食べよう」


「その前に、うんこしてくる」


「お、おう。でもそういう言葉遣いはあまりよくないぞ」


 子供は親の言動を真似るという。しかし、おれは果たして彼女の前でうんこなんて言っただろうか。それとも、まさか、あいつも娘や奥さんの前ではそんな言葉遣いだったのだろうか。おれは頭を抱えた。


「汚ねえ! なんだあれ! くっせええええ!」


 ほどなくして、トイレから娘の悲鳴が聞こえてきた。おれは、親友から娘を預かったことをやっぱり後悔した。とにもかくにも、トイレでどんな様子になっているのか確認しなくてはならない。義足が軋む。おれの感情や意志に反応して動く魔術が掛かったそれの動きが鈍い。本心では行きたくないんだろう、なんて義足に言われているようだった。


「その通りだよ、馬鹿め」


 三年前。魔王討伐の任を受けた少数精鋭をフォローするため、囮として十万規模の兵が動員された。その戦場で、オークの剣に貫かれた親友の最期の言葉が、娘を頼む、の一言だった。


 たくさんの犠牲を払った魔王討伐後、軍の一部が解体された。自主的に退役すること、戦災孤児を引き取ることなどを条件にすると、多額の金が下りた。こうしておれは、高い魔術の掛かった便利な義足と当面の金、親友の一軒家と畑を手に入れた。ついでに、娘もできたわけである。親友の細君は優秀な魔術師で、最前線で術を振るい、とうの昔に死んでいた。


 子育てなんぞ当然経験はない。ただ、金欲しさに軍に入り、要不要もわからぬ訓練と、オークの大軍を前にしても生き残ったという、しょうもない自信だけが、子育てぐらい何とでもなる、という気持ちを補強していた。それに、戦場で右足を失っていた手前、戦場で残りの魔物の討伐なんて仕事は続けられないことも後押ししていた。おれにはもう、これでしか金は手に入らない。


「隙間風が! 寒い!」

「土足、気にならねえの? ベッドに靴を載せるとか意味わからん」

「飯まっず。味が無い!」


 そういう気持ちを幾度となく折るのが、この娘だった。注文が細かい。あと声もでかかった。おれはそのたび、うるさい、静かにしろと怒鳴って黙らせていた。するとある日、


「あの、お父さん……」と、しおらくしくおれの前に娘がやってきた。


「どうした?」


 いつもと違う様子に、おれも反応に迷った。娘は、しばらくもじもじしていたが、ついに意を決したように言う。


「あの、そういう風に大声で教育し続けるつもりなら、近所の大人に言いつけますよ?」


 ぶん殴ってやろうかと思ったが、なんとか堪えた。後々気づくことになるのだが、こいつはなかなか減らず口を叩く子供だった。


「ねーねー、農業って楽しいか?」春になり、おれが必死で畑を耕していると、そんな声が背中に飛んできた。


「楽しくはない。でも、生きるのには必要だ」おれは乱暴に鍬を地面に刺して、娘を振り返る。


「楽しくないのにそんな腰まで曲げてやってんのか。馬鹿じゃないのか」


「なんだと?」


 誰のおかげで飯が食えている、なんて言葉が喉まで出かかったが、我慢する。おれが娘を引き取るまでの間、彼女を育てていた老女はなかなかに口うるさい。この地域でも発言力があり、あまり敵には回したくないのだ。この娘、うまく立ち回ったものである。


 だが、その次の日。いつものように畑に行こうとしていたおれはわが目を疑った。


「なんだこれ。畑が広くなってる……」


「おれがやった」


 振り返ると、眠そうに眼をこする娘がそう言った。


「どうやって?」


 まだ五歳にもなっていない。一晩中鍬を振るなど難しいはず。しかも、昨日は新月だ。明かりだってほとんどないだろう。


「魔術だよ。雑草をフィルターして取り除き、土地をひっくり返して耕した。種は倉庫から拝借したぞ。この植物、とりあえず埋めれば芽が出るんだろ。わかりやすくていいな」


 娘は得意がる様子もなくそう言い、ついでに外に出て、井戸の傍に立つ。そうして、その淵をこんこん、と叩くと、水を吹かせた。おれがあっけにとられているうちに、吹き出た水が畑に注ぐ。見たこともない魔術だった。確かに親友の細君は優秀な魔術師と聞いていたが、娘はその範疇をどう見ても超えている。


「これで今日の農作業はおしまいだ。それより、やってほしいことがある」


 娘はおれから仕事を取り上げて、突き刺すような視線を向けてそう言った。それからというものの、おれは娘の依頼をこなし、その間に彼女は家の不満の除去に邁進した。トイレをより衛生的な、水で洗い流す奇妙な形式に改造し、隙間風が吹かないよう家の隙間を埋め、来る冬に備えて発熱する床を作って暖炉を廃した。虫よけの魔術を幾重にも張り、ネズミも入らなくなった。


「あの子、すごい魔術の才能ね」


 あれから六年。娘は十歳になった。そんな彼女の異才は、とうに近所の人にも知れるようになった。畑仕事は娘の魔術が処理を行い、最近はヤギを買って酪農にまで手を付けた。曰く、最近あまり農業がうまくいっていない原因を肥料に求めたようだ。今までは魔術で土壌改善に努めていたが、最近になってヤギを管理する魔術の方が簡単だ、と娘は判断したらしい。


「ええ、本当に驚くばかりです」


 おれは素直にそういった。だが、一方で、果たしてそれだけだろうか、と思う。確かに魔術の才がある。しかし、その上で娘はトイレを『水洗トイレ』に改造するついで、井戸から沸く地下水を上水道として管理し家の中に引き込み、対照的に汚物や生活の上で生じた汚水を生活排水として集め『下水道』に流し、簡単に浄化した後近隣の川に流す仕組みを作っていた。これは、魔術の才だけだろうか。彼女の驚くべきところは『仕組みを考える』この一点ではないだろうか。


「靴、脱いでって言ったじゃん。そういう魔術組むよ」


「ああ、すまない」


 彼女が上下水道を確立した時から、玄関で靴を脱ぐ、我が家ではそういうルールが産まれた。彼女曰く、汚いから、家が汚れるから、らしい。確かに言われてみるとその通りだった。掃除の手間が省けるとなんとなく思い知らされる。とはいえ、それまでの習慣もそう簡単には抜けきらない。六年たっても、おれはいまだに気を抜くと、靴のまま家に上がってしまう。


 家でおれの帰りを待っていた彼女は、ちょうど風呂上りらしく、なんとなく全身から湯気が立っていた。彼女は家にシャワーと風呂を作り、湯あみどころか全身をお湯につけるという方法で体を温める方法を提唱し、実際に施設を家に作ったのだ。


 そんな彼女は、家の机に向かって本を開き、思案顔でいた。


「今日の報告書だ」


「ありがと」


 仕事を取り上げられた今、おれの時間すべて、娘の指示に従って『報告書』を作って渡すことに置き換えられた。それは、この土地、ひいては国の地理であったり歴史、動植物や魔物に対する情報をまとめさせることだった。なんでもかんでも娘の指示に従うのは違和感があったが、勉強と考えればまあいいか、と捉えるようになった。現に、実際に情報を集めてきたおれよりよっぽど内容を吸収している。魔術の腕もそうだが、歴代の王族の名前や有力な貴族の領地がどこにあるのかもきちんと覚えている。

 

『子供はみんなそうさ』


 近隣の人達はみんなそう言っておれの驚きや心配を塗り潰しに来る。それならいいのだが、このまま彼女のために情報を集めていることが正しいのかは迷うことも多い。


 ただ、少なくとも、魔術を扱わせている間は癇癪も出ないし、娘のために周辺の情報を集めていると、自然と近辺の人々とも親しくなることが増えた。娘を可愛がっていた老婆も今ではおれの味方になってくれた。


「それと、エルヤンの婆さんがお前にって」


 おれは、鞄から服を取り出した。子供用の小さな服だ。


「うーん、スカートか。なんかやっぱり抵抗あるんだよ」


 顔を歪めてそんなことを言う。まったく、子供とはみんなそうなのだろうか?


「だろう。だからさ、こういうのを用意させた」


 おれはつづけてもう一着。今度は男児向けの形をした服を取り出した。


「わかってるじゃん」彼女の顔が晴れた。


「ああ。お前はいつもこっちのほうが好きだからな」


 おれはついつい得意顔になる。変わった子であることは間違いないが、それがどうしたというのだろう。やっぱり、喜んでもらえると嬉しい。それに、笑った顔が見れるとこちらの気持ちもよい。それに、こういう表情が見れると、娘がやっぱり子供だということを思い出す。普段があまりにもしっかりしすぎていたおかげで、おれはそれを忘れていた。


「やっぱり、実地が大事だな。お父さんに任せていても限界がある。ちょっと森に入って自分で見るしかないな」


 ある日、娘はそういって家を発った。まあ、すぐに戻ってくるだろう、そう思っておれは、珍しく降ってわいた休日を寝て過ごした。


 昼過ぎ、否、もう少しで夕方という時刻に目が覚めた。まだ娘は帰ってきていないようで、まあそういうこともあるかと思った矢先、家が大きく揺れ、机に放置してあったおれの報告書たちが雪崩のように床に殺到した。嫌な予感がして外に飛び出すと、ちょうど森の方から大きく煙が天に向かって伸びているではないか。娘の性悪な魔術の実験かと思ったが、次の瞬間には空気を裂くような魔物の威嚇する叫びがして、事態の大きさを嫌でも理解する。


 ――スノーサラマンダーだ。


 季節は春。この時期に遭遇するスノーサラマンダーなら、気が立っていてとても危険だ。家の裏手の倉庫から、軍を去る前にこっそりくすねた剣を取り出す。義足は跳ねるように地を蹴った。おれの焦りをそのまま反映しているかのようだった。


 煙の位置は思ったよりも遠い。しかも、森に入ってしまうと背の高い木々が邪魔をしてなかなか位置がつかめない。そうしている中、義足だけが元気におれを運ぶ。どこへとも知らない場所へ。


 そうしているうち、しかし、確かに怪物の叫びと、空気の揺れをよく感じるようになった。そして、その中に小さな声も。


「ダメだ、子供の体力だと魔術が全然使えない……誰だ、無制限に使えると話が盛り上がらないとか言ったやつは」


 娘だ。悪態をついているようだが、点で何を言っているのかもわからないところまで娘だった。


「肉体とは別次元の疲労、とはいっても、目まで霞むことはないだろうに」


 ついに、木々の間に小さな少女の姿を認め、おれはより勢いをつけて走った。


「ネク!」


 おれは彼女の名前を呼び、剣を抜いた。スノーサラマンダーは目の前に迫っていた。大きさは二階建てを優に超えており、全身を白い羽毛で覆っていること以外は巨大な蜥蜴のそれだった。全身を羽毛で覆い、口の周りだけ鱗が覆い、細くて鋭い歯を見せびらかしている。しかし、それに怖気づくようには出来ていなかった。スノーサラマンダーは後ろに一歩大きく飛んで距離を置き、代わりに前足をふるっておれを狙う。ぎりぎり、おれは足を残したまま、体のみ下げて爪を避ける。スノーサラマンダーがそれをどけた時、そこにおれはいないだろう。その腕の陰に隠れて、すでに奴の顎下にいるからだ!

 

 ぱさり。


 喉元に向けて剣を突き立てる。が、手ごたえがまるでなかった。スノーサラマンダーは全身を羽毛で覆った魔物。体は羽毛の量に対して随分と小さいらしい。顔にはらはらと舞い降りる白い羽を見て、おれは全てを諦めた。


「逃げろ!」


 しかし、その叫びに目が覚めた。そうだ、おれはこいつを、あいつから頼まれていたのだ。なんとか爪を搔い潜り、それをやり過ごす。


「スノーサラマンダーは冬でもない限り、羽毛が発火するから火は使えない! だから、おれが……」


「わかってる! 燃やすんだろう? 時間は稼ぐ!」


 娘が何を考えているかはすぐにわかった。だから、おれは時間を作る。森を駆け、時々爪や牙の相手をしてやり、また走る。どれほど時間が経ったかはわからない。だが、ちょうど、義足がへし折れた時、それは起きた。


 スノーサラマンダーの羽毛が自然に発火するほどの膨大な熱。おれも、口を開けてはいられないほどの熱い風が森を覆った。娘が、特大の魔術を携えて、スノーサラマンダーの前に立っていた。


「……義足はまあ、また今度作ってやるよ」


 そんなことを言う六歳児の肩に手を載せ、杖代わりにしておれは森を後にした。完全に叱るタイミングを逸し、家。おれは、床に落ちた報告書の内、一枚を手にして娘に立った。


「お前のことは別に叱らない。おれにはその資格がない。でも、次はもっとうまくやってほしい」


 その言葉を、娘は黙って聞いていた。家に帰ってからというものの、ばつの悪そうな顔からして、自分がいかに調子に乗ったことをしたのかは理解しているようだった。本当に聡い。否、そうではないとおれは思っている。


「でも、一つだけ教えてくれ。お前は何を探しているんだ? しかも、何か焦っているだろう」


 おれは問い詰めた。その言葉に、娘はしばし床を見つめていたが、やがて重い口を開いた。


「今のエッジリバー王国の国王はドカドン二世。だけど、やがて三世になる。多分、一年以内に」


「お前、その意味が分かっているのか?」


 王の死を暗示する言葉を口にした娘に、おれは全身が震えた。


「原因は、魔王の呪いだ。そう遠くない未来、魔王が蘇り、世界は再び魔物が蔓延る様になる」


「何を言っているんだ、お前がいくら賢くったって、言って良いことと悪いこと、否、あり得ることとあり得ないことの分別ぐらいつくだろう」


 おれの言葉に、娘はふん、と鼻で笑った。


「違う。おれは別に賢くはない。高校の成績だって中くらいよりは少しマシってぐらいだぞ」


「なんの話だ? コウコウ?」


「この世界にはない概念だったな。悪い。そういうものはまんま固有名詞として聞こえる、そういう仕様だったのを忘れていた」


「お前がたまにわけのわからないことを言うのはわかっている。だけど……」


「違う! 早くしないといけないんだ! お前のそういう、現地人っぽい無知なリアクションには付き合ってられないんだよ!」娘は声を荒げた。


「魔王が復活して世界は闇に包まれる。そしたら、異世界から勇者がやってくる。冴えない高校生だが、神様から妙なスキル一個を引っ提げて、その場にいた変な仲間とパーティを組み、魔王を倒しにもう一度魔王城へ行くんだ」


「待ってくれ、万が一魔王が復活するとして、さっきからなんだ、異世界とか、コウコウセイとか、わけがわからないぞ」


「わからないのはこっちだ! お前達の茶番に、おれはもう付き合ってられないんだ! だから、見つけないといけないんだ、その『トリ』を!」


 娘は、おれに再三情報を集めさせていた、『トリ』の絵を指す。おれも、ちょうどこの『トリ』について聞きたかったのだ。へたくそな絵だが、メンフクロウのように白い顔に、赤茶色の三本の角か、飾り羽のようなものがついた奇妙な見た目の『トリ』だ。


「お前達は、おれがカクヨムに投稿してた小説の中の登場人物なんだよ!」


「トウコウ……小説……? 登場人物……?」


 娘が、おれと国中の人々を意味して、何かを示唆しようとしているのはわかったが、それ以上の情報はまるで伝わらない。首を傾げるしかなかった。


「だから、魔術なんて教えてもらわなくても仕組みも発動条件も理解できる! それだけだ!」


「ダメだ、ネク、お前が何を言っているかよくわからない……」


「おれだってそうだ! あの時、六年前に、おれはあの『トリ』を見た。そうしたら、記憶が蘇ったんだ! おれは暇を見て趣味がてら小説を書いていたただの高校生だったんだ。なのに、それだけなのに、気づいたら自分の書いた小説の世界に転生させられてんだよ、こっちは!」


「テンセイ? 何を言っているんだ? もしも気に食わないことがあったら教えて……」


「お前は、本来なら勇者一行が通り過ぎる村で、この世界にあった魔王討伐の戦いの詳細を教えるただの退役軍人だ。だからお前の名前も適当なんだよ!」


「適当ってなんだ」急に礼を欠いたことを娘が口走る。おれの声もどこか尖ってしまう。


「だったら、自分の名前を言ってみろ」ぶっきらぼうに娘は言った。


「カクオだ。カクオ・ヨム・ハテナ」


「ほらー! 適当に決めたからそうなってるんだ」娘の絶叫の意味がおれにはさっぱりよくわからなかった。


「落ち着け、ネク……」


「それもやめろおおお!」娘は叫んだ。


「ネクスト・カクオ・ハテナって名前はどう考えてもおかしいだろ! カクヨムネクストなんて、急に出てきておれにもわかんねえよ。なんだ事前登録って……ディスコードも登録したけど意味わからんし」床にへたり込み、突然娘はひたすらに嘆き始めた。


「っていうか、おれは元々男なのになんで娘に転生させられたんだ、最悪だよもう……慣れてきたけど」


「お前が何を言っているかはよくわからないが、それと、『トリ』に何の関係があるんだ」


「わからない、だけど、その『トリ』だけがヒントなんだ。『トリ』様、ぶちころがして焼き鳥にしてやる、なんていってごめんなさい……お願いですから、一目だけでももう一度お会いして、事情を説明いただけないでしょうか……?」


 娘は急に手を合わせて祈り始めた。


「仮に、会って、どうするつもりなんだ」


「この世界から脱出させてもらう」


「なんでだ。お前、この世界からいなくなりたいのか?」


「……ああ。だってこの小説は、書きかけだからだ。この国の歴史や地理を確認して、おれの設定とまったく一致している。だから、ドカトン二世が崩御して魔王が復活し、幼いドカトン三世が即位した後の世界は、異世界からの勇者がいないとどうにもならないぐらいひどい世界になる。おれは、この世界から一刻も早く逃げないといけない!」


 もう、どうすればいいのか、おれにはわからなかった。娘の口から語られる、王の崩御や異世界の勇者など、到底飲み込める内容ではない。あとやっぱり、『トリ』が理解不能だった。なんなんだろうか、このイラストの『トリ』とは。


「今日のことは、助かった。だけど、もう時間がないんだ。だから、おれはもうこの家を出る。一人で、あの『トリ』を探す。会って、なんとかするんだ」


 娘はおれに背を向けた。その時、その背が年相応以下の、とてもとても小さなものに感じた。おれは、自然と彼女を背中から抱き締めていた。


「なんだ、急に父親面か?」


「なあ、ネク。おれは、お前の言うことを信じる。だから、お父さんにもお前のやりたいことに協力させてほしい」


「そこまでしなくていい。別に、おれはお前の子供でも何でもないし……」


「それでも、だ」


 本当は正面から見会って話した方がいいのかもしれない。だけど、なんとなく恥ずかしくて、おれはそのまま喋った。


「村の人達もそうだが、気づけばお前が立派に成長していくことがとても楽しみなんだ。だから、お前がしたいこと、やりたいことがあるなら、どんなことだって協力する。何度でもいう。おれは、お前の父親なんだ。だから、お前が悩んだり、苦しんでいるなら、おれを頼ってほしい。一緒に、戦わせてほしいんだ」


「……お父、さん……」


「お前がさっき、何を言ってたのかはわからない。でも、そんなのは関係ない。いつものことさ。お前の言う魔術とかトイレとか床暖房とか、いまだによくわかっちゃいないんだ」


 娘がおれの腕の中で小さく揺れた。多分笑っているのだろう。


「だから、『とりあえず』信じることにする」


「そういうパターンか」


「だけど、一つだけ約束してほしい」娘の謎のぼやきを無視して、おれは言葉を続けた。


「……何?」


「いきなり、一人で探すとか、いなくなるとかは言わないでほしい。そういうのはな、お前の前におれより強くて立派な、お前を託してもいいって思える男が現れた時だけだ」


「やっぱり急に父親面しやがって。気持ち悪い」言葉と裏腹に、そこにはどこか楽しそうな雰囲気があった。


「なんだと」だから、おれの口元にも笑みが広がる。


「わかったよ。それに、あの『トリ』にも今のところは会えてないし、会ってどうなるかもわからない。現状を踏まえると『トリあえず』そうしてやるよ。まったくもう。なんでこんなことになったんだ」





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