第45話 反転した感情


「ふざ……けるなよ」


 止まっていた時間が動き出すように、しばらく聞こえなかった彼女の呼吸音が段々と鮮明になっていく。


「ふざけるなよ!! じゃあ今までのワタクシの人生はなんだったんだよ!! 全部ここのために生きてきた!! それが人間全体の……家族の幸せに繋がると信じてた!!」


 彼女は力が入りすぎたあまり床にヒビを入れながら大司祭様の胸倉を掴む。


「なのに!! なのにぃ!! わたくしの不幸は全部あんたのミスのせい!? そこには魔族も正義も何にも関係なかったぁ!?

 ワタクシの人生を否定するな!! 人生を……妹を……家族を……返せよぉ!!」


 今まで抑圧されて生きてきて、その努力の依代にしていたものも失った少女の本音。

 空っぽになった彼女には、他人に振り回され全てを失った彼女にはもう憎しみしか残っていない。


「ひぃぃぃぃ!!」


 大司祭様は反論もしようとせず、ただ悲鳴を上げ部屋から出ていき外へと逃げ出す。

 この場には放心状態のここの男性と、どうしたらいいのか分からない俺。そして鬼の形相を浮かべるディスティが取り残される。


「殺してやる……殺してやる!!」


 絶対的だった信頼や狂信は反転して憎悪と殺意へと変わり、ディスティは部屋を飛び出し大司祭様を追いかける。


「なっ!? 待てディスティ!!」


 俺は放心状態の男性を置いていき部屋を飛び出す。


「ちょっと!? ディスティがすごい形相で走ってたけど何があったの!?」

「説明は後だ! 今は彼女を追いかけて止めないと!」


 説明をする暇などなかったが、ディスティと俺の気迫から大体やるべきことは察してくれたようで二人はついてきてくれる。

 

「いましたあっちです!」


 視力が良いアキに高台からディスティを見つけてもらい、そこからはミーアの飛行で俺達は彼女を追いかける。


「いや速いわねあの子!?」


 街外れの平原に出てからは一向に距離が縮まらず、彼女は何かを見つけたように急旋回して洞穴の中へ駆け込む。


 まさか……あの中に大司祭様が居たのか!? だとしたらまずい!!


 数秒遅れて俺達もその中に入ろうとするがディスティは洞穴の入り口で突っ立っており、中へ入ろうとする気配はない。


「なぁディスティ。君の気持ちも分かる。でも一度頭を冷やし……」


 彼女に近づいたことによって彼女と同じ景色を見ることとなる。


「よぉリュージ……これはお前からのプレゼントかぁ? 感謝するぜぇ……おかげで殺したい奴らが二人とも来てくれた」


 洞穴の中にはエムスが待ち構えており、大司祭様はバールに胸を貫かれピクピクと震えている。


「これであと一人だ」


 大司祭様は洞穴から流れる川に突き落とされる。極寒の水に入った体はみるみるうちに動かなくなっていき、助けようと引っ張り上げるも間に合わず絶命してしまう。


「お前は二回殺し損ねてるからなぁ……今度は確実に殺してやる。妹と同じ命日にしてやるよ」


 その一言でディスティは完全にスイッチが入り杖を構え圧を一気に吹き出させる。


「ムーブ!!」


 ディスティは壁や天井に魔力を放ち、それらを動かして壁を造り出しエムスを洞穴に閉じ込める。

 その壁を奥の方へ動かしエムスをすり潰そうとする。


「死ね……死ねぇぇぇぇ!!」


 後先考えずに魔力を込め一気に壁を動かす。

 彼女は怒りで周りが見えていないので気づいていないが、俺は彼女のすぐ側の壁が崩れていっていることに、その奥から二つの黒く光る瞳が覗いていることに気づく。


「違うそっちにエムスはもういない!! 横だ!!」


 ディスティは俺の掛け声もあって壁を突き破ってきた凶撃を躱すことはできる。その攻撃自体は。

 奴が振り下ろした先には真っ黒な亀裂が発生し、近くにいたディスティが引き寄せられていく。助けに入ろうにも下手をすればこちらも吸い込まれ共倒れになってしまう。

 その時俺の真横で速い物体が通り抜ける。それは翼を生やしたミーアであり、超低空飛行でディスティを回収し力強く羽撃き洞穴の外へ出る。


「中では相性が悪いわ! リュージも外に出て!」


 俺は奴に背を向け外へ駆け出し、アキの援護もあり奴に追いつかれることなく雪原に戻ることができる。


「いち……にぃ……さん……しぃ……四人か。いいぜ。今度は確実に全員殺してやるよ」


 洞穴から余裕たっぷり、自信満々といった様子で這い出てくる。

 四対一のこの状況。本来こちらが圧倒的優勢のはずだというのに、言葉にできない不安と緊張が俺の中を支配するのだった。

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