第37話 十五年前

「こちらが一部の信徒が使っている部屋です。妹もこの部屋の一部を使っているんですよ」

「へぇ……そうなんだ。でもこういう小さい部屋が並んでいると侵入して潜伏されそうだね」


 もし奴が窓などから部屋に入り込んできたら、よっぽどの実力者でもない限り抵抗すらできずに殺されてしまうだろう。


「それは警戒した方が良いですね。追悼式の際は各自の部屋を開けておいたり点呼を徹底したりしましょうか」


 こんな風にもしもの時を想定して二人で対策を立てていく。


「ここが今ワタクシが使っている部屋ですね。ここなら誰にも聞かれませんしここでお話しましょうか」

「えっ、部屋に上がっていいの?」


 そういう気はないが初対面の自分が異性の部屋に上がるのは些か問題なのではと思うが、彼女はそのようなことを気にしている様子はない。


「あなたは女性に興味がなさそうですからね。目線や言動でなんとなく分かりました」


 彼女は鋭い目つきでじっくりと俺のことを観察する。目線は素早く動き回り、それは俺の細かい動作すら目逃さない。


 やっぱり実力がある人ってそういう気配とか人が考えてることも分かるものなのかな?

 実力がある人なら……いやそんなこともないか。


「信用してもらえてなによりだよ。それを裏切らないように努めるよ」


 二人で彼女の部屋に入り、俺はどうぞと差し出された椅子に座る。


「それで話って?」

「正直に言ってくれて構いません。あなた方、特にミーアさんはワタクシ達反魔族教をどうのように思っていますか?」


 本当に彼女は鋭い。俺とミーアが反魔族教に対して複雑な気持ちになっていたのを見抜いたのだろう。

 

「俺は人の考えや思想に口出しする権利はないよ。でもせめて言わせてもらうなら、何も考えずに誰かを悪だと決めつけてたらいつか絶対に後悔するよ。

 魔族にだってきっと良い人はいるよ。ミーアも同じで共存を望んでいる。それだけだよ」

 

 俺は包み隠さず抱えていたものを全て吐露する。ディスティは顔色一つ変えずカウンセリングのように話を耳から頭の中へと流れさせる。


「そういう意見が出るのも理解はできます。ですが魔族は野蛮で人を貶める存在です。

 一部の良い魔族には悪いかもしれませんが、それでも滅ぼす……とまではいかなくても勢力を縮小させて人間から隔離するべきです」


 ディスティは自分の、いやこの宗教の思想を疑いなく、絶対的な正義だと信じている。

 こうなっている人間は滅多に自分の考えを曲げたりしない。


「でもなるべく犠牲になる者は出さないようにね。人間も、魔族も」


 諦めながらも、彼女は考えを決して曲げたりしないと分かりながらも無視などはできない。正義の暴走ほど恐ろしいものはないのだから。


「ワタクシも小さい頃はあなたと同じ考えでしたよ」


 数十秒気まずい沈黙が流れ、彼女が数回視線をふらつかせてからこの空気を破る。


「両親は祖父母を魔族に殺されたらしく、激しい憎悪を抱いていました。

 ワタクシが物心ついたころから反魔族教で姉妹共々教育を受けていましたが、正直他人事でした……あの時までは」

「何かあったの?」


 彼女呼吸が突如として荒くなる。辛い物を口に入れた時のようにほんのりと額に汗が浮かぶ。


「十五年前のエムスが起こした殺人事件……被害者にはワタクシの両親も含まれていたんです」


 奴への恨みを思い出しながら話しているせいか、歯をガタガタと振るわせ美貌を崩しかけている。


「あの時シアは宗教の用事で外に出ていて、ワタクシと両親は家であの子の大好きなシチューを作っていました。

 そしたら突然焦げ臭い匂いがし始めて、父さんが何事かと玄関の扉を開けた瞬間そこにはエムスが居て父さんをナイフで突き刺して殺したんです」


 エムスは見た目から考えて恐らく三十手前くらいに見えた。なら十数歳で人を殺し回ったということとなる。

 非道なことをした彼を責めたい気持ちと同時に、そのような精神状態に陥ってしまう原因を作った戦争がやはり憎くてたまらない。あんなものがなければもしかしたら今人間と魔族が仲良くしていたかもしれないのに。

 

「母さんはワタクシを裏口から家の外まで逃してくれて、そのおかげで助かったんです。

 でも背後から聞こえてきた母さんの悲鳴が今でも頭の中にこびり付いているんです」


 ディスティはその声を頭から掻き出すように頭を抱える。指がふわふわの髪に入り込みより皮膚に密着する。

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