とっとくトクさん

時輪めぐる

とっとくトクさん

「これよりトクさんの立会いのもと、片付けを開始します」

町内会長の挨拶に続き、トクさんが「すみませんねぇ、よろしくお願いします」と頭を下げた。

隣の戸津とつトクさん宅の片付けを、町内の有志六人で行う。土日の二日間を予定している。


事の起こりは、先月、町内会長のもとに、トクさんから相談があったことだ。

戸津トクさんは、その名の通り、取りえず何でも取っとく所為せいで、家はゴミ屋敷と化していた。

推定年齢、九十歳は超えているだろうか。

私が三十年前、隣に引っ越して来た時から、お婆さんだった。

小さな庭付きの木造平屋建てに一人暮らしをしているが、いつから其処そこに住んでいるのか、誰も知らなかった。ご近所付き合いは、そこそこあるようだったが。

「家の中が物で一杯になってしまった。申し訳ないが、片付けてもらえないだろうか」

トクさんは、町内会長に申し出た。

実際、トクさんの家は、屋内のみならず、庭にまで物があふれ、近隣の家々はどうにかして欲しいと思っていたところだった。

渡りに船とばかりに、私を含む近隣の者と町内会長が手伝いを買って出た。


庭には、故障した電化製品や壊れた椅子、テーブル、空き瓶、空き缶などが散乱していた。手伝いの男達は、回収業者のトラックにどんどん載せていった。

庭が概ねおおむ片付いて、本丸の家屋に取り掛かる。


玄関の引き戸を開けると、そこにいる者全員が息を呑んだ。想像していた汚部屋とは、全く違う様相だったからだ。

汚部屋というと、物が散乱し足の踏み場も無い状態がテレビ等で紹介されるが、トクさんの家は違った。

何と言うか、六畳一間の上がりかまちから上が、になっていたのだ。

トクさんいわく、床が水平になるように、部屋全体に物を敷き詰めていく。またその上に同じように物を敷き詰めていく。一番上にカーペットを敷けば、普通に暮らすことが出来るとのことだ。

色々な物が立体パズルのように組み合わされて層になり、最上部に平らな面を作っていた。横から見ると、あたかも地層の様に、カラフルに物が積み重なっているのが見えた。

アステカ文明の石積みのように、剃刀かみそり一枚入らぬ程、緻密ちみつな積み方だった。

しかし、積み重ねるのにも限界がある。

床が物で嵩上かさあげされ、り上がって来るので、床と天井との距離は近付く。

現状は、人がかがんで入れる程の空間になっていた。

「どうやって、あの上に上るんです?」

町内会長がトクさんに尋ねると、トクさんは玄関脇に立てかけた梯子はしごを指差した。

「あれですか」

手伝いの男達は、役割分担をし、上の空間に上って発掘する者、下で受け取る者、更に受け取って業者のトラックに運ぶ者とに、分かれた。下で受け取った者は、トクさんに一つずつ確認してもらってから、トラックに運ぶ者に渡す。回収業者は、廃棄する物と、リサイクル、リユースする物に分けていく。


私と町内会長は、上の空間に上った。

敷いてあるカーペットをがすと、ありとあらゆる物が、みっちりと詰まっていた。

お菓子の空き箱や、クッキーの缶。リボン、包み紙、紙袋。弁当についてくる箸やスプーン。新聞、雑誌、ハードカバー。

下で受け取った者がトクさんに確認している。

「これ、捨てても良いですか?」

「何かに使えるかと思ってのぅ。取り敢えず取ってあったのじゃが、まぁ、もういらないかね」

空箱や包み紙を、トラックに運ぶ者に手渡そうとするが

「トクさん、手を」

「あ?」

「手を、放してください」

捨てても良いと言いながら、中々執着が強いようだ。先が思いやられる。


携帯ゲーム機と人気のゲームソフトが出て来た時は、少し驚いたが、どんどん掘って行って、スーパーファミコンやファミコンが出て来た時は、もっと驚いた。何十年前に購入したのだろうか。トクさんは、ゲームで遊んでいたのだろうか。

「これは、捨てても良いですか?」

「おお、ファミコンじゃな。これが発売された時は、『ドンキーコング』を夢中になって遊んだものじゃよ。なつかしいのぅ」

トクさんは、遠い目をした。

「欲しい人もいるのではないかね? 売れる物なら売って欲しいんじゃが」


珍しい物が出てくるので、上にいる町内会長と私は、ゴミの発掘に次第に夢中になっていった。

ブラウン管テレビが出て来た。

「カラーテレビが出始めの時に、買ったんじゃよ。あの頃は、テレビを持っている家は少なくてね、テレビ・冷蔵庫・洗濯機が『3種の神器』と呼ばれてたわ。ワシは、新しい物が好きでな、すぐに手に入れたんじゃ」

トクさんは、自慢げに胸を反らせた。。

昭和35年頃だろうか。

続いて、古びた外国のチョコレートとガムの包み紙が出て来た。

トクさんが、GHQにもらったのだと言っているのが聞こえる。

GHQって、あのGHQ?

室内の本来の床の高さに近付いた頃、日が暮れて、一日目の作業は終了となった。



翌日の日曜日も、朝から作業だったが、開始早々、一階の床が無いことに気が付いた。

床がそっくり抜けて、床下に続いている。

言うなれば、地下室と一階が吹き抜けという感じだろうか。地階の底から積み上げて、一階の天井近くまで地層になっていたのだ。

地階の四方は、コンクリートの壁になっているが、床はまだ見えない。

地下は、どこまであるのだろうか。取り敢えず掘り進むしかない。


私と町内会長は掘り続ける。

古びた布で包まれた長くて重い物と、一緒に出て来たのは薄汚れた肖像画。

布をくと中から火縄銃が現れた。小汚い肖像画をよく見ると、何処かで見たことのある人物だった。

「トクさーん、これはー?」

上(一階)から覗くトクさんに呼び掛ける。

「おお、懐かしいのぅ。知っとるかね? 火縄銃じゃよ。その人は、ザビエルさん。一度だけ会った事があるんじゃが、『禿はげてるのぅ』と言ったら、『これは禿じゃない。っているのよ』とむきになって面白かったのぅ」

クスクスと思い出し笑いをする。

鉄砲伝来、安土桃山時代だったか。

ザビエルさんに会ったことがある? 

そんな馬鹿な。

トクさんは、高齢だから、誰かと勘違いしているのではないだろうか。

ありえない。

今度は青銅器。続いて土偶と縄文土器。

「トクさーん、これ土偶ですよね」

「ああ、今の茅野市辺りに住んでおった頃じゃから、五千年位前かの。右足を左足より少ぉし短くするのが、ちょっと難しくての。上手く作れる友達に教えて貰って作ったんじゃ」

んん? 五千年位前? トクさんの記憶が怪しい。

嫌に詳しいのも気になる。考古学の研究でもしていたのだろうか。どうにも変な気がした。


一心不乱に物を掘った。一階から地下に架けた梯子は、そろそろ地階の底に達するのではなかろうか。

黒曜石で出来た石器を発掘し終えた時、地階の底の中央に、大きな物体が埋まっているのを発見した。全体像は分からないが、頭を少しのぞかせていた。何だろう。



朝から作業に取り掛かり、昼休みを挟み、日が暮れたのにまだ終わらない。

それでも、この二日間で、一階部分に詰まっていた物と、地下一階部分をおおむね片付けることが出来た。

疲れ切った私達は、一階に上がり、玄関付近で休憩を取っていた。回収業者は撤収していた。


すると、何を思ったか、トクさんは、皆が止めるのにも構わず、危なげな足取りで梯子を使い、地階に降りて行った。

「危ないですよー」

皆の視線が頭上から注がれる中、中央の巨大な物体にヨロヨロと近付いて行く。

トクさんが、物体に近付くにつれ、気の所為か、曲がった背中が伸び、足取りがしっかりとしてきた。物体の側に立つトクさんは、背筋が伸び、若々しい。上から覗く私達に若い女性の声で話し掛けた。

「皆さん、ありがとうございます。これで、やっとかえることが出来ます」

目に映るもの全てが珍しく、捨て難く、取り敢えず収集してきたが、データとして残せたので現物は必要なくなった。そんなことを言うと、屈んで巨大な物体の露出部分に手をかざす。

巨大な物体がピッと音を立てて反応した。光が複雑な軌跡を描きながら、物体の表面の内側を駆け巡った。


地響きがした、家が壊れるかと思うほどの振動だった。全員が頭を抱えて、屋外に避難した。


メキメキメキ ズズーン! 


家は破壊され、ガラガラと瓦が落ち割れた。

土煙の中、透明なボディの、巨大な何かが浮上した。

大きなシャボン玉の様に見える。

中には、若い女性が搭乗していた。

トクさんなのだろうか?

腰を抜かし、呆気あっけに取られている私達に、彼女は笑顔で手を振ると、次の瞬間、ボディはメタリックに変化して中が見えなくなった。


一気に高度を上げた後、急激に加速した球体は、日没後の西の空に飛び去った。一瞬だった。

跡には、倒壊した家屋と巨大な穴が残った。

地響きに驚いて、家から飛び出してきた近隣住民が集まって来た。

「いったい何事です?」

「すごい音がしたのですが」

口を半開きのまま空を見上げている私達に、口々に問いかける。


しばしの静寂せいじゃくの後、誰かの腹が鳴った。

それで、皆、現実に戻って来た。

「トクさんは、いったい何者だったのです?」

「……」

答えられる者はいない。

「それに、これどうするんです?」

倒壊した家屋の瓦礫がれきと巨大な穴。

「取り敢えず飯を食べよう。腹が減った」

私は、疲労と空腹で頭が働かなかった。

「そうしましょう。これについては、市や県とも相談してみます。文化的価値があるかもしれませんし」

町内会長の腹も鳴った。

それから、皆で穴の周りにバリケードを置いて、誰かが落ちないようにした。

「取り敢えず飯!」

「飯だ! 飯!」

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とっとくトクさん 時輪めぐる @kanariesku

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