第12回空色杯作品「侵略者」

XX

ある日、いきなり何気なく始まった話

「実は僕、人間じゃないんだ」


 ある夜、自宅で。

 私がソファに座ってテレビを見ているとき。

 隣で一緒にテレビを見ていた彼が、そんなことをなんでもないような風に言った。


 だから私は


「だったら何なの?」


 まあ、当然の言葉。

 だって彼、人間にしか見えないんだもの。


「%&)#だよ」


 ……何て言ったのかよく分からなかった。

 え? 聞き取れなかった。


 彼はニコニコしていた。

 私は彼のこの笑顔が好きで、彼のことを好きになったのだけど。




 彼を恋人にするのにはだいぶ苦労した。

 女の方から告白するのは、私の中の文化では禁じ手だったんだけど。


 一応、これは古事記にも書かれていることで。


 でも、彼は気遣いができて知的で、社交的。


 素晴らしい人なんだ。

 そんな人を前にして、伝統を気にして相手の告白を受け身で待ってるなんて。


 あまりにも愚か。

 身の程を知れ。

 そう思った。


 だから私は


「好きです! 付き合って下さい!」


 そう言って交際を申し込んだ。

 もしダメだったら憂鬱な気分になるな、そう思いながら。

 泣いてしまったとしたら、特に。


 そういう女を私は嫌って来たし。

 自分がそういう幼稚な女と同じことをするなんて。

 考えるだけで鬱になる。


 だからもしダメだったとしても泣くまい。

 そう覚悟を決めて告白した。


 だけど


「あ、いいよ」


 ……私の覚悟の割に、あっさりとOKが出た。

 あのときは嬉しかったな。




「で、人間じゃないあなたは一体何をしに地球に来たの?」


 ちょっと聞き取れないことを言われたけど。

 まあいいや。


 彼の戯言に付き合うことにする。


 なので私は踏み込んだことを訊く。

 すると彼は


「うーん、地球って言い方はおかしいね。僕は別に宇宙人じゃ無いのだし」


 そんなことを言い、ある意味僕らも地球人だよ。

 そんなことをテレビを見ながら続ける。


 ……この戯言、設定が多いなあ。

 頭のいい彼らしいっていうか……。


「うん。まあ分かった。それで?」


 先を促す。

 すると彼は


「僕らは、僕らの地球が破滅の危機にあるからこっちの地球に移住しに来たんだね。僕らの言葉では$!&%って言うんだけど」


 なるほど。

 侵略者って設定なのかな?


「それで?」


「僕はそのための尖兵で、後から来る仲間のために、こっちの世界を把握する目的で次元移動をしてきたんだ」


 大真面目に、そんな戯言。

 ふぅん。


「それで?」


「……驚いたよ。こっちの世界では自分の意思を表明し、大きな夢を追ったりそのための努力をすることが推奨され、もてはやされる。自分の能力を拡大することが素晴らしいことなんだな。成長って言うんだよね」


 ふんふん。


 なるほど。


 常識の違う世界設定か。

 そういうの、好き。


 所謂「すこしふしぎ」系だね。


 さすが彼。

 作り話のテーマとしては面白いチョイスだ。


「あなたの世界ではどうなの?」


「全ての%&)#は、生まれながらに持ち合わせた能力以上の存在にはなれない。それは地位という意味だけでは無く、生命体としての存在が、という意味なんだ」


 代わりに、こっちの世界でいう「劣化」も無いんだけどね。

 だから僕らの世界では上を目指すのは全部高望みなんだよ。


 そういう彼に私は


 ふーん。オモシロ


 そう心で相槌を打つ。


 こっちは努力すれば能力は伸びるけど、サボると下がるからね。

 そこが面白くて、厳しいんだけど。


 で、そういう設定で。

 そこからどういうオチを持ってくるのかな?


「それでそんな異世界に触れて、あなたはどうなったの?」


 なので先を促すためにそう言ってあげたんだ。


 そしたら


「……それも悪く無いな。面白いんじゃないのかと思ってしまったんだ」


 ……ああ、デ〇ルマン系。

 熱いよねぇ。そういうの。


 全然別の文明で生きていた存在が、人間社会の素晴らしさに触れて「目覚める」みたいな。

 熱いよ。


 裏切り者の名を受ける感じ。


 だから


「へぇ、じゃああなた裏切り者なんだね。こちらの世界の素晴らしさを知ってしまって、かつての仲間を裏切っちゃう」


 続けてあげた。


 すると彼は頷いて


 こう続けた。


「……半分ぐらいはね」


 ……半分?


 意図が分からなくて彼を見る。


 彼は変わらずニコニコして。


 さらにこう続けた。


「……想像してみて欲しい。キミはこの国の最古の歴史書として、古事記を大切にしているよね」


 そうだけど……?


 彼の声は、感情が含まれていなかった。

 顔はニコニコしているのに


「それが僕と関わることによって、木っ端微塵になってしまったとしたらどうかな?」


 ……え?


 それはつまり……


 自分の原点として大切にしているモノを、大切に思えなくなるってこと?

 そんなの……


「絶対嫌」


 魂を侵食されたように感じるかもしれない。

 もしそんなことが起きたとしたら。


 だからそう言ったんだけど。

 そこに彼は


「だよねぇ」


 言って、彼はこちらを見た。


 ……その顔から表情が消えていた。


 それを目にして、私は……


 何故か恐怖を感じ


「ええと……」


 何か言おうとしたとき。


「よくも僕を洗脳したな。許さない」


 彼は底冷えする声とともに。


 ――その背中から、無数の触手を服を突き破らせて生やして来た。

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第12回空色杯作品「侵略者」 XX @yamakawauminosuke

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