ユメ売りの少女

鳥辺野九

ペンギンの消し方


 少女のコメカミスリットがひくついていた。それはユメ分解の何よりの物証だ。

 レム夢が荒れれば記憶野は粟立つ。解体されたユメの摂理はもはやどうしようもない。粗々とした脳裏の原野は夢見る少女が佇む花園とは訳が違う。


「全員その場を動くな!」


 夢見がちな少女はどこにいる? 横たわる少女はさながら抜け殻だ。可憐さなど微塵もない解体現場は荒れたレム夢の跡地。土足ぐらいが丁度いい。

 現場に踏み込んだリョー子はテーザー銃を構えつつ思った。細い人差し指は武骨なトリガーに。被害者は夢見る少女。いつでも柔らかな脳を電気クラッシュさせられる。容疑者は男三人。人差し指三回痙攣させればそれでジ・エンド。仕事完了。


「リョー子。ユメってるケースじゃない。さっさと撃て」


 リョー子の後方に控えたアデリーペンギンが言う。緩めたネクタイに威厳は感じられないが、厳しい上司が言うなら仕方がない。喜んで撃たせていただく。


「了解」


 リョー子捜査官のトリガーは軽い。ユメ界隈でも有名だ。三発。ジジジ、と電気ノイズとともに射出された高圧電極は男三人の頭部に突き刺さり、直に電磁クラッシュぶちかます。

 ネクタイを緩く締めたアデリーペンギンはつるんとした首を振った。やれやれだ。チートなリョー子は手加減を知らない。

 バッドなメモリをぶち込めばユメはいくらでも脳フィーバーを重ねる。テーザー銃の電極ならなおのこと。そいつは電気カーペットのミルフィーユだ。ユメすらも熱く灼けて黒く焦げる。

 リョー子に撃たれた三人の男たちは多重にブレて重大なコンフリクトを引き起こした。完全フリーズの後に強制ユメログアウトだ。

 焼け焦げた脳に染みるは折り重なる多幸感と、焼き切れそうな神経シナプスの綱渡り。ユメ犯罪に手を染める奴らはいつだって脳死と背中合わせだ。繊細な湯豆腐を泥まみれのスコップですくうようなもの。


「容疑者三名、ユメ解脱を確認」


 壊れたユメには二束三文の価値もない。丁寧な処置を受ければ記憶野が枯れずに済む。だが、ベッドに乱暴に横たえられた少女はどうだ? 脳幹に汚れた手で爪を立てられれば幸せなユメはもう見られない。


「被害者の容態を確認しろ」


 よちよちと歩くアデリーペンギンはとにかく指示を出す。それが上司の役目だとは言え、うるさい。ユメの中じゃなければこのトリを無理矢理でも黙らせているところだ。

 少女のコメカミスリットをリタッチ。軽く押し込めば、メモリーポートが押し返してくる。


「大丈夫。ユメのポートは生きてる」


「ならば早く救いの手を」


「簡単に言うな。ニンゲンとAIとじゃあそもそも規格が違うんだ。ユメが混じったら、それこそ夢見が悪い」


 脳触りが違えばとにかく目醒めがズレる。ざらつく。ざわめく。ザラメ砂糖を噛めばほろほろと歯が崩れるみたいに。まずは脱法ユメから醒ますため、違法に高出力なユメへダイブしなければならない。サポートAIのペンギン如きに出来る芸当ではない。

 リョー子のコメカミスリットとユメ被害女子のポートを有線で繋ぐ。端子はマルチプル。オスもメスもない。目と耳の間からだらりとケーブル這わせれば、ユメとユメが溶け合うことなく重なり合う。マスターのユメがスレイブの支配権を鷲掴みだ。


「上司らしくサポートしろよ、クソペンギン」


「AI捜査官への暴言、マイナス査定だ」


 ユメの中でネクタイを締めたアデリーペンギンが何かのたまっていたが、ユメへ堕落し続けるリョー子の耳と意識には届かなかった。




 ユメを抽出すれば、思考パターンをロジカルにパラドクス出来る。メンタルのハードさより、メルヘンなハートがサブスクリプションに向いている。キマればハマる。ハマれば堕ちる。

 リョー子はユメに堕落中。精神犯罪特別捜査官はユメにキマる。サポートAIの力がブーストすれば、ユメからユメへ、無限に堕ち続けてアゲサゲは自在だ。

 夢見る少女は高値で売れる。ロジカルだろうと、デイドリームはいつだって求めよさらば与えられん。ユメ剥がし、ユメ移植、抜け殻にはもう用はない。少女だろうが、肉はニクだ。ユメの中じゃあ食えねえし、ユメの上でも食らわねえ。

 じゃあユメの下だ。ユメのユメのユメ。の、またユメ。階層な回想はユメだってもつれる。ほつれる。


「バッド。ユメがぶっ壊れてる。脳みそスライス薄皮持ってかれてる」


 リョー子は上級捜査官のペンギンの姿を探した。ネクタイで首を絞めてやりたい。ここはユメの中のユメの中のユメの中。何だってできるし、やれるし、壊れたってお構いなし。そもそもがぶっ壊れ真っ最中なのだ。


「サポートAI! 仕事し!」


 返事はない。返事がない。返事もない。水がこぼれれば水があふれるようだ。重力ルールもユメの存在にはとにかく無抵抗で、ツノが生えたウサギなんてユメの中の生き物だ。ネクタイを締めたアデリーペンギンも然り。そいつはユメの中のユメの中に、否。リョー子が作り出す妄想的逃避装置である。責任は全部ペンギンに押しつけて燃やせ。燃えカスも燃やせ。


「ダメ。ユメが混じっちゃう」


 クスリでユメってる少女のとろっとしたユメのユメの粘度や如何に。リョー子は意識が蕩けていく。とめどなく。とめどとめどと所詮はユメの中のユメの底。意識しゃっきりが一番難しいし、難解さこそ二番目に優しい。


「ユメの毒が回る。もっと、不覚にも深く、か!」


 リョー子はバッドドリームのストリームに逆らって身を任せた。悪夢は悪夢だ。悪夢は悪夢だが、ユメはユメのユメにユメるものだ。まだ誰にも触れられてないユメならば、リセットも可能。脳ごと目醒めの時間だ。寝て待て。

 リョー子はもう一段深く堕ちてみた。どうせ堕ちるなら堕ちるとこまで堕ちるのもおもしろい。


「リョー子、待て」


 サポートAIの声。そこら中から響き渡る。リョー子の外から、リョー子の中から、リョー子のリョー子から。リョー子のリョー子のリョー子から。


「ユメを重ね過ぎれば、引き剥がすのが困難だ。ユメごとめくれるぞ」


「わかってる」


「何がわかる」


「この子のユメを取り返したいだけ」


 リョー子のユメは有線のユメだ。ケーブルを流れるエントロピーが逆流すれば、ユメはサカユメに、マサユメこそユメのまたユメに堕ち着く。そして悪夢は悪夢のままに。


「だからこそ目を醒ませ」


「トリごときが言うことか」


「ユメのユメのユメに堕ちたければ、ユメのユメのユメのさらに裏をとれ」


 サポートAIの言うことにも一理ある。リョー子はユメの捜査官であり、ネクタイアデリーペンギンはサポートAIでリョー子の上司である。迷ったら、素直に指示に身を落とせ。何より楽を選ぶ。それがAIの教えだ。


「トリ」


「何だ」


 目が醒めたら、目が醒める。目が醒めれば、目が醒めた。

 夢見る少女は有線ケーブルの先に寝ている。眠って、ユメを見て、目を醒まし、ユメが奪われたことを知る。もう二度とユメを見られない少女は、ユメを売って得た僅かなお金で別の何かを買い漁るだろう。ユメの代わりを。


「私はユメを見たいだけだ。この子の代わりに」


「目を醒ませ、リョー子」


 アデリーペンギンはネクタイを締め直した。いつのまにかユメから醒めていた。


「トリあえず、おまえの消し方を教えて」


「俺はイルカじゃない。ペンギンだ」


「仕事上の上司がペンギンでAIなんてもう最悪」


「それとAI捜査官への暴言。マイナス査定だ」


「クソペンギンめ」


 さらにユメから醒めた。ユメから目が醒めれば、ユメは終わる。リョー子はオフィスにいる自分自身に気が付いた。ちゃんとユメから醒めた。

 現実世界ではサポートAIはスマートフォンの中だ。アデリーペンギンはもういない。

 事件をおさらいだ。夢見る少女はユメの売人の前で眠り、ユメを売った。立派な精神犯罪だ。あとはどうにでもなれ。リョー子はスマートフォンを置いて、もうひと眠り。夢のためにユメを見る。

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