もう学生じゃない

夏空蝉丸

第1話

「私もK大学の学生なんです」


 そんなリプが来たのが四年前のことだった。上京して大学に入学したばかりの頃、SNSでの書き込みに反応したのが、彼女だった。


『奇遇ですね。今度会いませんか?』


 ヤバい。これでは出会い厨だ。そう書き込んだのを一瞬で消す。俺は、冗談っぽく名前を聞いてみることにする。


「君の名は?」

「私? ハットリ」

「カタカナなの?」

「それ以上はちょっと。もし、キャンパスで会ったら、本当の名前を教えてあげるね」


 それ以上、強引に訊くのはためらわれた。と言うのも、彼女の前ではちょっと格好をつけたかったのだ。


 何故なら、彼女のSNSの写真はめちゃくちゃ可愛い。ミスコンがあれば、上位入賞間違いなしと断言できるほどの美人だ。


 高校生の頃は勉強は苦手じゃないものの、学校が大嫌いでサボりまくっていた俺。成績ではなく出席日数で留年になるところを大学に合格したお陰で、補修とか組んでもらってギリギリ卒業していたそんな性格だったが、彼女とキャンパスで偶然に会えると考えるだけで、自然と足が学校に向いてしまう。


 とは言っても、やっぱり学校に行くことはストレスだ。精神を落ち着かせるために、母親に電話して愚痴を言ってストレスを発散させている。高校時代は、かなり母親に愚痴ったりしていたが、彼女とやり取りができる日は、不思議とストレスが無くなる。まるで、俺の性格をよく知っているかのような相性の良さだ。


 赤い糸で結ばれているとしか思えないのに、不思議なことだが彼女とはキャンパスで会うことは無かった。彼女の書き込みが嘘であるとかは考えられない。と言うのも、やたらと大学のことに詳しい。K大学生になりすましているとか、そもそも、詐欺師であるならば、お金を貸してください。とかあるはずなのに、その手の話もまったくない。俺とハットリは、ただただ、日常のやり取りをSNSで繰り返しているだけ。


 これだけ、近くにいるならば、絶対に会えるはず。そう思いながら通い続けていたのに、結局四年間、見かけることすら無かった。学部が違えばそんなものなのかもしれないが、それにしても理不尽すぎる。書き込みを見るに、同じ授業を受けているとしか思えないことがあるのだ。


 もしかしたら、写真が偽物で、近くにいる人なんじゃないか。そう思ったものの、友人に話を聞いてもそれらしい人物はいない。鍵アカウントになっているから、俺の友人からのフレンド申請は拒否されている。


 そんなこんなで四年間、SNSでのやり取りは続いたものの、会うこと以前に見かけることすら無かった。だが、俺は彼女に対して不満などは全く持っていなかった。逆に感謝していた。高校時代にサボり魔と呼ばれていた俺が、ちゃんと授業に出席し、留年すること無く卒業することが出来たのだから。


 でも、そうは言っても、一度くらい会って話してみたかった。絶対に気が合うと思ったのだ。だから、勇気を出して訊いてみた。


「ハットリあえずに卒業になっちゃったね。でも、それは寂しいから一度くらい会えないかな」

「卒業おめでと。一度実家に帰るんだよね。だったら会えるよ」


 よくわからない返信が戻ってきた。


 

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