Ep.328 いざ秘境へ

 そして翌日、僕達は早朝の宿を発った。


 地の祖精霊が居るという秘境までは、2日程の距離で、他部族からの襲撃を警戒して例の如く徒歩での移動になる。道に関してはデインが精霊に聞いてくれる。


 ……山岳地帯を上空から行ければ楽なのになぁ。

 なんて致し方ない事を考えてしまうが。


 ひとまずシュミートブルクの周辺を広がる平原を南へ向け、森林地帯を目指す。



 ……とはいえそれはすぐに終わることになる。


 平原というだけあって見晴らしが良い上にこの辺りはツヴェルク族が縄張りとしている為、森林地帯までなら飛翔の魔術でひとっ飛びできるからだ。



 サリアに付与してもらった飛翔の魔術で進むこと1時間。あっという間に森林地帯へ到達した。


 ここから先は他部族の介入や魔物に警戒しながら進むことになる。

 幸い秘境までのルートはデインの精霊情報で判明している為、迷うこともないだろう。


 こうして僕達は森の中へと入っていくのだった。



 鬱蒼とした森を、僕達6人は進んでいく。

 木々が密集しており、視界は悪い。

 森林地帯が大半を占めるこの南東大陸ではよくある光景だ。


 そうなるに至る理由には、地の祖精霊の存在が大きく影響していた。


 地の祖精霊が居るだけで周囲の大地は肥沃化し、作物が良く育つ良い土に生まれ変わる。度々この大陸中を放浪するかの祖精霊のお陰で、どこもかしこも木が生い茂る結果となったのだという。


 自然を好む獣人族にとっては、この大陸は楽園とも言える土地なのだろう。



 ……と、アズマが楽しそうに話しながら先を歩いている。


「この大陸に住む獣人族は、自然と共に生きる種族だ。……だからこそ、他の地域との交流がないのも仕方がないんだろうね」


 そんなアズマの知識に感心していると、最前列を歩くウルグラムが立ち止まった。


「……ウル?」

「止まれ。……あの先をよく見ろ」


 サリアが不思議そうに首を傾げると、ウルグラムは前方を指差した。


 大きく幹が太い木が3本、等間隔に道に沿って並んでいる。

 ……よく見ると、まるで測ったかのように均等にだ。


「ふむ。擬態か」


 シェーデも気付いたのか、顎に手を当てながら呟いた。


 擬態? 何の事だろうか?

 僕は目を凝らして観察するが、どう見てもただの木にしか見えない。

 不自然なのは……ん? ……根が浮いてる?


「…………トレント」


 デインがボソリと呟く。

 トレントという名前は聞いた事がある。木に擬態した魔物だ。木に化けて獲物が通過する時に襲い掛かって捕食しようとしてくる、ああ見えて肉食の魔物、と記憶している。


「ここまで出くわして来なかったけれど、森で慎重に進む理由の一つが、奴らの存在さ」


 アズマはトレントを見据えながらそう補足する。


 「あんなもん、先に見つけちまえりゃ雑魚だ。――ふんッ」


 そう言った瞬間、ウルグラムは凄まじい速さでトレントに向かって加速すると、右手の長剣を抜きざまに駆け抜けた!


 通過と同時に撫で斬りにされた3体のトレントが血飛沫を上げて大きな口を開かせて断末魔を上げる。


 木のように見えていたが中身は肉体だ。あの大きな口にびっしりと生えた鋭い歯を見れば一目瞭然だった。


 斬り口からは血が噴き出て、地面に赤い斑点を作っていく。

 そしてそのままトレントらは崩れ落ちた。

 索敵役のウルグラムがいれば、戦闘面で僕らの出る幕はまったくない。


「他の部族の獣人の気配もないね。この辺りはトレントに警戒した方が良さそうだ」

「獣人達も危険な場所には寄り付かない、ということですか……。わかりました!」


 アズマの言葉に頷き、僕は自分の剣に手を当てたまま、周囲の警戒をより強めるのだった。



 森林地帯は歩いて一日半あれば、山岳地帯へと抜ける予定だ。鬱蒼とした森で視界が遮られる。危険なものを見落とさないように、僕達は慎重に進んで行った。




 そして日が傾き始めた頃、一日目の野営を準備する。


 野営のスペースを作る為、少しだけ木を伐採させてもらい、テントを張る。その野営範囲を覆うように、サリアが神聖魔術の結界を張って、魔物の侵入を防ぐ。

 これで魔物に関しては安心だが、人に関しては結界は意味を成さない為、どの道見張りは必要だ。


 彼らとの旅で幾度となくこなして来た事だったから流れは熟知している。僕は片腕となってからは難儀していたが、それも今では随分慣れた。


 そうしたら火を起こして夕食の準備をする。


 サリアの希望で、僕が僕の時代から持って来た、水があれば調理できるインスタントのシチューを作ることになったのだ。以前サリアとシェーデに見られてから、ずっと気になっていて、また食べたかったのだという。


 この時代にはこんなものはないから数に限りがあるが、出し惜しみしても仕方ない。この仲間達以外には見せられないなら、使い切ってしまった方がいいのかも。


 ということで僕は6人分のシチューを準備し、未知の技術に驚きながらも皆満足そうに食べてくれた。



 その後は火を囲んで皆と他愛もない話をする。ウルグラムやデインは早々に寝てしまったけど。


「ゼクストさんの工房にあった品々は、本当に興味をそそるものばかりだったよ! でさ、その時ゼクストさんが、こんなものをくれたんだ!」


 そう興奮気味に話すアズマが取り出したのは、手のひらサイズの玉のようなものだった。


「これは?」


 僕がその玉を覗き込むと、アズマは満面の笑みで説明してくれた。


「いいかいクサビ。この玉には魔術が封じ込められてるのさ。魔力を通して相手に投げると中の魔術が発動する画期的なアイテムだよ! 魔術を使えない人でも、これさえあれば魔術を使えるんだよ!?」


 アズマの興奮度が増していく。こういうのにそそられるのは僕にもよくわかる。男の子だもの。



 それにしても、これはやはり間違いなく僕の時代の技術の、精霊具の原型と言っていい。……やっぱりゼクストさんは精霊具の生みの親ということになるんだなあ。


「すごいわね! 一体どういう仕組みなのかしら……」

「ううむ。皆目見当つかんな」


 サリアも興味深げに覗き込み、シェーデは難しい顔をして唸っていた。


「そうだろう? 僕にもさっぱり原理は分からないんだ! それに使い捨てだから貴重だ――……って、クサビはあんまり驚いていないんだな」


「――えっ? あ、いや……驚いてますよ。あはは……」


 僕は思わず笑いながら頭を搔く。


「……まるで、このようなものを前から知っていたようだな? クサビ?」


 悪戯っぽい表情で目を細めたシェーデが、僕に向けてニヤリと笑う。

 ……お見通し、だよなあ。僕は隠すのが苦手なんだ……ははは。


「……絶対内緒にしてくれるなら言いますけど……」


 僕が少し照れながら呟くと、三人は期待した眼差しを向けて頷いたので、僕は観念して打ち明けることにした。



 僕は、僕の時代では魔力を用いて様々な用途に活用出来る道具、『精霊具』があるということを説明した。

 そしてその中の一つであり僕が防具の下に身につけている『絆結びの衣』を見せて効果を説明してみせたり、今まで見てきた精霊具がどんなものか、などを語った。

 

 僕の話をアズマは身を乗り出して聞き入り、サリアは驚き、シェーデは自分ならどう使うか、だと妄想を膨らませていた。


「……すごいじゃないか! 君の時代にはそんな夢の詰まった技術が存在するのか!」

「ええ! お風呂セット……私も欲しくなっちゃったっ」

「うむ。離れた相手と会話するものか……それさえあれば……」


 皆興奮したように言葉を交わし、僕もそれに答え、大いに盛り上がったのだった。



「そうか。精霊具か……。ならばゼクストさんには何としても技術を発展させてもらわないといけないな! 僕達も、良い地霊石を持ち帰って技術進歩の一助になろうじゃないか!」


 そう言うとアズマはぐっと拳を握り締めて、僕達は力強く頷いたのだった。

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