Ep.327 人探し

 ゼクストさんの工房を後にした僕とサリアだったが、高純度の地霊石がありそうな場所を突き止める為、街の人で賑わうところまで戻ってきた。


 地の祖精霊がいる場所なら確実に高純度の地霊石を入手できるそうで、祖精霊と会うことは僕達の本来の目的でもある為、祖精霊の在り処を探した方がいいという結論に至ったのだが……。



「うーん。とにかくまずは情報を集めないとですね」

「そうね。でも精霊の事なら、私達の中に適任がいるわよ?」


 サリアはそう言って楽しげに微笑むと、これからの事で唸っていた僕はハッとする。


「……そうか! デインだ!」

「ふふっ。よく出来ましたっ」


 サリアはそう言って僕の頭をぽんぽんと撫でる。

 ……子供扱いは止めてもらいたい。と思いつつ拒まない僕。



 デインは精霊に育てられたという数奇な生い立ちを持つ。そのせいか、彼は姿の見えない下位の精霊とも意思疎通が可能なのだ。


 事実、ここまでの旅でも何度も一人離れた場所で精霊と会話する彼を何度か見掛けていたし。


「じゃあ、今度はデインを探さないと」

「そうねっ。それなら街を回りながら探しましょうか」


 そう言うとサリアは歩き出した。その足取りは心做しか軽く感じられる。


 もしかしたらサリアも皆と同じく街を観光したかったのかも。

 それでも僕に着いてきてくれたことに、僕は彼女の背に向けて感謝の念を送るのだった。



 僕らはデインを捜して、街の中を歩いていた。

 様々な店が立ち並ぶ中、槌と鉄の都と言うだけあって武器や防具の店が多いが、服飾店や雑貨屋、食堂などもチラホラと見受けられた。


 ツヴェルク族の衣装や武具には独特の趣があり、興味深かったけど、その殆どが如何せんサイズが合わないので見て楽しむことにした。


 ……と、サリアの後に着いていっているうちに、いつの間にか僕も観光してしまっていた事に気付いたが、こんな時間もたまにはいいかと思い直して、一緒に楽しみながらデインを探した。


「この街は活気があって、なんだか元気になりますね」

「そうねっ! 街の住人も皆子供みたいで癒されるわ〜」


 僕の言葉にサリアは微笑を浮かべて同意する。

 成人でも幼児のような容姿のツヴェルク族が行き交う様は、子供達がかけっこでもしているように錯覚してしまう。


 和むなぁ……。




 などとサリアと二人でほっこりしていると、とある武具屋の前で立ち止まる、いかつい人影が見えた。

 ガタイの良い長身の男の隣には桃色髪の女性。


「あら? あれはウルとシェーデね。行ってみましょうっ」


 サリアの言葉に頷き、その方へと足を運ぶと、二人が店の前で武器を手に取っては戻しを繰り返し唸っていた。

 どうやら武具屋で見付けた気に入った武器を購入しようとはしているみたいだ。


 だが、ウルグラムとシェーデは武器選びが難航しているらしい。


「――おい。ここにはもっと長尺のもんはねえのか?」

「……主人、不躾な物言いをすまないな。ここには我々のような人間種用の武具は置いているか? と聞きたいようだ」


 不機嫌に言い放つウルグラムのフォローをするシェーデという構図だ。


 ……なるほど。シェーデがウルグラムに着いていくと言った意味がわかった気がする。ほっとくと何が起こるかわからないなあ。


 二人の会話を聞いて、店主であろうツヴェルク族の店員は目を丸くし、少し慌てた様子だ。


 ただでさえ大男のウルグラムが目の前で鋭い眼光を向けてくるのだから、萎縮してしまうのは無理もない。


 もし武具屋の主人の立場だったら、僕だって肩が竦むかもしれない。


「おいウル、もう少し愛想を振り撒いたらどうだ。……すまない。驚かすつもりはないのだ。この男、ここの武器は質がいいと気になっているようだ」

「愛想なんぞクソの役にも立たん……ってオイ。勝手に通訳するな」


 シェーデが店員に話しかけると、ウルグラムは苦々しげに顔を歪めてぼやく。


 シェーデとウルグラムを見てサリアがクスリと笑う。

 僕も苦笑しながら二人の元へ向かうと、二人もその姿を発見したようで、シェーデが僕達に手を軽く上げる。


「ああ、ハクサにサリアか。……アズマは居ないのか?」


 シェーデが僕に歩み寄りながら尋ねる。


「はい。アズマはゼクストさんの工房にまだ……。いろいろ興味を引く物があったみたいですよ」

「……まあ、あの男の性分なら仕方がないだろう。……ところで、ハクサの方は収穫はあったのか?」


 そう尋ねたシェーデの言葉を受けて、僕は経緯を説明した。するとシェーデは腕を組み思案顔で頷き理解を示して口を開く。


「なるほど……。それでデインを探していると」

「そうなの。デインを見掛けなかったかしら?」

「……いや、私達は見ていないな」


 シェーデはサリアの質問に首を左右に振る。


「……ヤツなら精霊が居そうな場所を探しゃいるだろうよ」


 いつの間にか話を聞いていたウルグラムが武器を物色しながらぼそりと呟く。


 言われてみればそうだ。きっとデインは精霊と話をしに行っているに違いない。


「そうねっ。じゃあ精霊が居そうな場所を回ってみるわ!」

「私達も同行しよう。――ウル、行くぞ!」

「……ああ? お前らだけで行け」


 シェーデの声掛けに、ウルグラムはあからさまに渋る。

 そんなウルグラムにシェーデは揶揄うような口調で言葉を向けた。


「お前の性格で買い物出来た試しがあるのか? 私が着いていなければ今頃流血沙汰になっていたかもしれんのだがな?」

「…………チッ。……しゃぁねぇな……」


 シェーデにそう言われたら反論出来ないらしく、渋々といった様子でウルグラムはシェーデの後ろについてくるのだった。



 それからデインが居るであろう、精霊が集まりそうな場所を4人で探すことになった。

 魔術師ならば精霊の気配は感じられるそうなので、サリアに場所を突き止めてもらう。


「最初からこうすれば良かったわねっ。でもあちこち街を見て回れたから結果的には良かったけれど。ふふっ!」


 そう言ってサリアは上機嫌に微笑み、僕達と一緒に精霊が集まる場所へ歩く。

 その時折でサリアは目を閉じて集中し、そして目を開けると新たな場所へと移動していった。


 サリアの足取りはやがて街を外れ、ちょっとした丘に差し掛かった。


 この丘からは街並みが一望でき、シュミートブルクの街を背景に遠くにそびえる山々と青々とした緑が見える。

 自然を背景とした鋼鉄の街並みは、まるで絵画を見ているようだった。


「気持ちのいい所ね。精霊もこういう場所に集まりやすいのよっ」


 サリアは深呼吸をしながら僕達を振り返って口元に弧を描く。

 僕は彼女の笑顔に、いつかの故郷の丘で微笑む幼馴染の姿を重ね、思いを馳せていた。



 その丘の先へ進むと、奥には小ぢんまりとした花畑が咲き誇っていた。


 様々な色彩の花々が咲き誇り、清涼な風に吹かれて揺れ、花々の香りを風に乗せて運んでくる。

 自然の中で咲く花はとても可憐だった。


 その花畑の真ん中に、緑髪の小柄な人影が佇んでいた。

 僕達の気配を察知した彼はこちらに顔を向けた。


「…………?」


 寡黙なデインは僕達に意識を向けている。


「デインっ! 探したわよ〜」


 サリアは嬉しそうに声を掛けるとデインの元に駆け寄った。

 デインは表情一つ変えず、ただ首を傾げる。


「……用?」

「デインの力を貸してほしいのよ。ハクサ……あ、ここならクサビでいいわね。……クサビ、デインにも説明してあげて?」


 僕はサリアの言葉に頷くと、デインにこれまでの経緯を説明した。


「――だから、精霊になら、地の祖精霊がどこにいるのか分かるんじゃないかと思って。デインから話を聞いて貰えないかな?」

「……了解」

「あ、ありがとう! デイン!」


 デインはコクリと頷くと、宙空に顔を向け始めた。そしてしばらくそのまま動かずじっとしている。


 この周りには下位精霊が沢山いるのだろうか。それならデインは今精霊と意思疎通をしているのだろう。


 僕達はそれを邪魔しないように、じっと待った……。




 ……それから程なくして、デインの顔が僕に向く。


「……南」

「南……。南に地の祖精霊がいるの?」


 デインはコクリと頷く。


「近いの? 遠いの?」

「……遠くはない」



 ……そんなやり取りを繰り返し、少しずつデインからの情報をまとめると…………。


 地の祖精霊のいる場所は南の平原の先の森をさらに進んだ山岳地帯の、人の寄り付かない秘境に現在は居るという。


 道のりは険しそうだけど、居場所を突き止める事が出来たぞ!


「本当にデインは凄いね! ありがとう!」

「……別に……」


 僕の言葉にデインは視線を逸らす。……照れているのか、無表情なので判断に困るが。


「ふむ。なら次は南だな。宿に戻ってアズマとも合流してから経路を確認しないとな」

「ならもうここには用はねぇだろ。戻るぞ」


 シェーデが腕組みをしてそう言うと、ウルグラムは踵を返した。

 僕はサリア、デインと共にその後を追った。



 その後、僕達は宿に戻ってアズマの帰りを待ち、入手した情報を共有する。


 そしてその秘境までの経路などを相談し、出発を早速明日にして、今日の夕食を済ませた後、それぞれの部屋へと戻って行ったのだった……。

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