第2話

 それから数年が経ち、黒髪――一ノ瀬春樹は、安定して生活ができるようになっていた。


 今の春樹の職業は、夜の接客業。いわゆる、ホスト業だ。これでもそれなりに稼いで、それなりに幸せな生活を送っている。どうしても定職につきにくい聖都からの移民にしては、上出来だった。



  ◇  ◇  ◇



 ある日の営業終わり。俺は同期二人と片付け作業をしながら話していた。


「今日も奏翔かなとは指名多かったな」

「やっぱ敵わないなー、奏翔には」


 同期二人はそう言って羨ましがった。からかっているのか何なのかわからないが、同期の中では確かに指名が多い。早くから毎回指名してくれる子がいて、上手く関係も築けている。


 ちなみに本名は春樹だが、仕事では奏翔という名前と使っている。この仕事も楽ではなく、危険が伴うので本名をそのまま使う人はあまりいない印象だ。まあ、うちの店に限ったことなのかもしれないが。


「固定の子多いイメージだけど、どれくらいキープしてるの?」

「そんなに多くないと思うけど。もう始めて数年経つし、普通じゃない?」

「まあ、そっか」


 こっちに来て友達もいないので、その寂しさを紛らわすために同伴もアフターもできるだけ受け入れるようにしている。おそらくそのおかげで毎回指名してくれる子が多い。


「本カノっているの?」

「普通はいるんじゃない? 俺はいないけど」

「えっ、いないの?」


 ホストの中には、仕事上の彼女みたいなのが複数いて、その上で本命がいたりだとか、そういう関係を持つ人もいる。詳しいことは知らないけど、それが許される世界でもある。


 俺の場合は明確に彼女みたいな関係がある子はいないけど、相手からの好意を感じる子はより大事にしようと思っている。それが仕事上の彼女なのかもしれない。


「本気で好きになったことない。そもそも好きってどういうものかわからないし」

「それでよく色恋営業してるな」

「なんていうか、この人のためならお金を使ってもいいと思えるかだと思ってる。思わせることはできても、思ったことはない」

「同伴とかアフターとかは奢ってるでしょ?」

「そうだけど、それはそれ以上の利益があるからって感じだし」

「結構冷たいんだな」

「そうじゃないとやっていけないだろ」


 売上だとか、ランキングだとか、気にしないことが沢山ある中で、真面目に恋なんてしていられない。


 そう話をしているうちに片付け作業は終わり、荷物をまとめて店を出る。


「あ、奏翔くん。ちょっといい?」


 店を出ようとするところで、ボーイの人に呼び止められた。他の二人は先に店を出て帰路につき、俺は店の奥の方まで招き入れられた。


「話ってなんですか? 僕何かしました?」

「いや、ちょっと確認。今日さ、なんか、奏翔くんを探して来たみたいな子がいて。指名入ってたから今手が離せないって言ったら帰っちゃったんだけど……知り合いかな」

「それだけ言われてもピンと来ませんけど……」


 そもそも俺に会いに来る人なんていないだろう。そんな友達もいないし、言い分からしてお客として来たわけでは無さそうだが……


「白い髪に赤い目で……可愛い子だったよ。女の子」

「そうですか」

「未成年っぽかったし、初めて見る子ではあった」

「知り合いでは無さそうですね。ネットで見て来ただけとか、そういう感じですかね」

「知り合いじゃないならいいんだけど……何があるかわからないから、気をつけてね」

「あ、はい。ありがとうございます」


 なんだそんなことだったか、と俺は胸を撫で下ろした。話があるとか、ちょっと確認とか言われるとビビる。正直指摘されるかわからない隠し事がいくつかある。


 それがバレてないならいいか、と俺はそのことを深く考えずに店を後にした。


 店がある街は、同じような店が集まった街だった。この時間だと、同じように閉店後の片付けを終えて帰るホストやホステスなども見られる。


 他に目立つのは、明らかに未成年だと思われる少年少女たち。物理的というか精神的に居場所を失った少年少女たちだ。この街は様々な理由から、主に家出をしてきた子たちが集まっている場所でもある。


 本当は警察なんかが対応しないといけないことだが、何をしても悪い方向に進んでしまうケースが続き、結局何もしないという方針に至ったと聞いたことがある。


 そのため、深夜でも未成年が外を出歩ける。


 そんな集団から少し離れたところに、昨日まで見なかった少女の姿があった。他の少女たちとは関係が無さそうで、ひとりぼっちで座り込んでいた。


 なんだか心配に見えてくるのは俺だけみたいだが、放っておかなかったのと好奇心で俺はその少女に話しかけに行った。


 少女は白い髪に赤い目、ボーイが言っていた特徴にそっくりだった。確かに可愛いし、天使のようだった。


 なぜか気になってしまったのは、さっき話に聞いた特徴にそっくりだったからなのかもしれない。


「君、見ない顔だね。初めて?」

「あ……はい……って……」

「どうしたの? 何でここに?」

「えっと……奏翔さん、ですよね」

「俺のこと、知ってるんだ」

「はい。さっきお店で……ランキング入ってましたし」

「俺のことを探して来たのは君だったんだね」


 やはり、この少女がボーイの言っていた少女だったようだ。


「す、すみません。急に」

「別にいいけど、何で俺のことを?」

「知り合いに似ていたから……でも、その反応からして、私のことは知らないですよね」

「ま、まあ、そうだね」


 誰と間違えているんだか。まあ、危害が無さそうに見えるので一安心といったところか。


「でも、何でここに? 手掛かりでもあったの?」


 仮に俺に似ている人に会いに来たとして、この街でそれほど似ている人がいるとは思えない。もしいたらお互いに営業妨害っぽくなってしまう。


「確証はなく、なんとなく、街の雰囲気で」


 何を言っているのか理解できなかったが、いつもの癖でそれを理解しているように見える相槌を打ってしまった。


「でも見つからなかったの?」

「はい。それで、私、家もないので、とりあえず人気のあるところにいようと」

「なるほどね」


 結局は家出少女のようだった。


「てことは、今日泊まる場所も無いの?」

「はい」

「じゃあ、うちに来る?」

「えっ?」

「とりあえず、付き合ってみるってことにして。どう?」

「えっと……」


 大分下手な言葉だ。話の流れが意味不明。でもそんなに時間をかけてもいられないし……と自分に言い訳するが、正直何でそこまで言ったのか自分でも意味がわからなかった。


「急に言われても困るよね、ごめんね」

「いえ……」

「でも、なんか放っておけないんだ。偶然俺に似た人を探していて、偶然俺が話しかけて、こんなことって無いと思うし。運命だと思う。しかもこの街のこと少しは詳しいから、人探しも手伝えると思う。何より、養ってあげられる」


 ホストとお客という関係ならこれでも通ったかもしれないが、さすがに無理がある。でもなにか突っかかるものがあって、心配で、手放したくなかった。


「……奏翔さんがいいなら。その、そういうことですよね? ホストとして女の子と経験しておきたい……みたいな」

「いや、そんなやましいあれでは……」

「別にいいですよ」


 ここはどうにか言い返さないといけない。だが、自分の感情がわからない。素直に言うべきだろうけど、気持ちに整理がつかない。


 どうしても心配で、手放したくない。この気持ちは、何だろう。


「……ただの一目惚れってやつ。言わせるな」


 これが好きってことなのかもしれない、と思った。一度見た時から、気になって仕方なくなる。これはもう一目惚れだと思った。


「ホストも一目惚れするんですね」

「俺を何だと思ってるんだ」

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悪魔は天使を放っておけない 月影澪央 @reo_neko

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