トリあえず作ろう!

伊南

"トリあえず"

「ねぇねぇサツキ。“トリあえず“って知ってる?」

「は?」

 ある日の午後、いつものようにコーヒーショップでのんびりしていたサツキは向かいに座るヤヨイの言葉に眉を寄せた。


「……とりあえず?」

 首を傾げながら質問で返せば、ヤヨイは首を横に振る。

「違う違う。"トリあえず"。……やっぱり知らないかー。ウチのオリジナル料理だもんね、仕方ない」

「……何故それを私が知ってると思ったのか……というか、知ってたら逆に怖くない……?」

 顔を引きつらせる相手に対し、ヤヨイはニコニコ笑顔を崩さない。


「やー、サツキは料理詳しいからワンチャン知ってるかなー、と思って」

「流石に人の家のオリジナル料理を知る訳ないでしょ。……ちなみに、どんな料理なの?」

「えーとね……」

 頬に人差し指を当て、ヤヨイは天井を見上げてしばし考え込んだ後で視線を正面に戻した。

「フライパンでこんがり焼いたひと口サイズの鶏むね肉にネギたっぷりの塩だれをかけたやつ」

「……それはただの鶏むね肉のネギだれがけでは……」

「違うよー、"トリあえず"だって」

 呆れの混じった呟きにヤヨイは不服そうに頬を膨らませる。


「ほら、昔"おにぎらず"ってあったじゃない? あたしが『そういうの作ってみて!』って言って、それの鶏バージョンでお母さんが作ってくれたの。焼いてたれをかけるだけの簡単料理"トリあえず"」

「……今、たれをかけるって言ったわよね……?」

「ん? 言ったけど、何?」

「…………いや、良いわ。何でもない」

 不思議そうな顔を返してくるヤヨイにサツキは首を横に振って諦めのため息をつき、それから苦笑い混じりの笑みを浮かべた。


「……で、何? 今日はそれが食べたいって訳?」

 質問の形を取りつつも断定した言葉を発したサツキに対してヤヨイは照れ笑いを返す。

「いや〜、思い出したら急に食べたくなっちゃって」

「はいはい、判ったわよ」

 そう言ってサツキは残っていたコーヒーを飲み干してから立ち上がる。


「ついでにチューハイも買わない?」

「いいけど、付け合わせの野菜も食べなさいよ」

「……人参じゃなければ」

「……よし、人参多めの筑前煮にする」

「意地悪!」


 トレイを片付け、言葉を交わしながら。

 二人はコーヒーショップを後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

トリあえず作ろう! 伊南 @inan-hawk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ