鶏和え酢

花園壜

なんとか規定の文字数でしょうか

 と・り・あ・え・ずの響きにはまるで良い印象がなかった。


 前職での事を思い出すのだ。


「とりあえず出かけます」「とりあえず終わりました」


 上役たちは俺のその言葉にしょっちゅう腹を立てていた。


 こっちは「すぐ」や「急いだ」と言うニュアンスで使っていた。


 だが、それが通用したのは平安の昔。現在では通用しないのだという。


 中世以降の意味は「間に合わせ」なのだ。


 あの頃は叱る上役に泣かされてばかりだった。


 今ならとりあえず二言三言は口答えが返せたかも。いや俺が悪いんだけどね。


 トリ……あえず?


 ああ、これは「トリ」を強調しているわけか?マスコットのアレか?


 けどそれで書くのはベタな気がするし、思いつかん。


 トリあえず、トリあえず……


「トリあえず」「先輩」「後輩」「短編小説書いて」


 AIさんにお願いしてみたら、400字程のものが20秒で出来上がった――


「トリあえず」と言っては毎回鶏料理を注文する先輩と、新入社員の会話。

 新入社員も鶏料理が大好きだった。

「〝トリあえず〟って言葉も気に入りました!」

「おお! 同志よ!」

 トリあえずのひと言から始まり、深い絆へと発展してゆくのであった。


――てな感じの原稿用紙1枚分の話が20秒。


 いやはや、凄い世の中になったものだ。


 俺はと言えば、2時間頭を悩ませてやっと、居酒屋の料理を思い出しただけだ。


 AIを遥かに凌駕している作家さん達の頭脳は一体どうなっているのだろうか?


 考えたところで埒が明かないので諦め、昼食にしようとキッチンへ向かう。


 タイムオーバー。既に片付けられていた。


 仕方がない。自分で作ろう。


1.惣菜の唐揚げ3個を半分に切る。


2.タマネギ2分の1個を薄くスライス。キャベツ1枚と人参4分の1個を千切り。


3.フレンチドレッシング大さじ1と酢大さじ2分の1で野菜を和える。


4.さらに唐揚げを入れて和える。


 トリあえず「鶏和え酢」1人前の出来上がり。


 ああ、昼間から呑むビールはなんでこう美味いんだ!


 了

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鶏和え酢 花園壜 @zashiki-ojisan-k

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