プレイ感はそれぞれなので

や劇帖

プレイ感はそれぞれなので

「それクソゲーじゃなかったっすかね」

 と言える距離感の相手ではなかったので、二ノ宮にのみやあきらは遠回しな表現で様子を見ることにした。

「俺、ブルブラは2の方やったことあるんすよ、結構前だけど。面白かったです」

 実際は3もやった。途中でぶん投げたが。

 大学の食堂での、ちょっとした立ち話の流れだ。

 サークルの先輩の三ツ木みつき由良ゆらが昼食後の空き時間で携帯ゲームをやっていた。ブルーブラッド、の3。

 由良は笑顔で答えた。

「私もやったー。面白かったし皆大体そう言うよね。私も名作だと思う。ただ個人的には、フックっていうの? こう、引っかかってくるものが弱いかなって思っちゃうのね。その辺は3の方がガッと来る、ガッと」

「あーそういうのありますよね」

 これはガチかな、と玲は思う。つまり、

くせの強いゲーム好きな感じすかね」

「そうそう」

「なるほど」

 まあそういうことだ。

 本人が楽しいならただの好みの問題だろう、多分。それしかゲームを知らないわけでもなさそうだし。言うて玲は中途放棄した身なので、それ以降のプレイ所感について問われれば黙るしかない。あの流れだと最後までクソゲーだろうな、とは思うけれど。



 サークル街に着くと、ボックス前のベンチで先輩の近江おうみ奏士そうしが携帯ゲームをやっていた。

 ぱっと見にも分かる特徴的なカラーリングの画面。ブルーブラッド3だ。古い割に今日に限ってよく出会う。

「それクソゲーじゃなかったっすかね」

「クソゲーだぞ」

 言いながら奏士は画面から目を離さない。玲が画面を覗き込むとえげつない数字が目に入ってきた。

「すげえやりこんでますね」

 あのゲームここまでやるのすごいな、というのが率直な感想だった。見てるだけで胸焼けがしてくる。

「もしかしてスルメゲーとかそんなんすか」

「いや全然」

「あー、途中から盛り上がるとか」

「ない。噛んでも噛んでも味はしないしでかい砂利が混じってるのが最後まで続くぞ。ただの理不尽だわな」

「じゃ何でまた」

「理不尽をねじ伏せるのが楽しいんだろうが。進行管理ストレス管理込みになるけど」

「クソゲーが好き……とかでもないんですよね」

「ない。一応好みはある」

「なるほど」

 難関を突破する達成感は玲にも分かる。それがゲーム側からあらかじめご用意されているかいないかの違いでしかない、と言われたらそうねと答える。突破するのは難度だけではなさそうだけど、それをこそ超えたいのだろう、多分。

 そうこうしているうちに由良が来た。そういえは同回生のこの二人はサークル内でもそこそこ仲がいい。今だって双方特に抵抗もなく、近い距離からゲーム画面を覗き込み、覗き込まれる。

「ああブルブラやってんだ。私も」

「おう、クソゲーだよな」

「は?」

「ん?」

(うわ)

 玲は反射的に顔を上げた。

 何かがずれたまま噛み合った、ような気がする。

「何て?」

「え、だからクソゲー」

 由良の眉間に露骨にシワが寄る。そりゃあねと玲は思う。

(この流れならまあ言わない、角が立つから。立たない人だから言っちゃうけど)

「そんなにクソクソ言うならやらなきゃいいんじゃないの」

 恐らく相当抑制された感情の中で由良はそう言った。それはその通り。だが。

「でかいお世話だ」

 今度は奏士の目つきが険しくなる。それはそう。好きでやってることではあるので。

「は?」「お?」ちょっとの間。それから言い合いが始まった。

(えっこれどうしよう割と本気で分からんやつ)

 全体を見渡せて(しまって)いる玲がどうにかするべきだろう。だがやり方が分からない。どうすんだこれ。

 会話は嫌な感じに噛み合ったまま続く。いっそ芸術的とすら言えるラリーだ。ずれ﹅﹅が表面化しない。やっぱ仲良いだろってなる。いや本当どうすんだこれ。

「二ノ宮、二ノ宮」

 立ち尽くす玲を誰かが物陰から呼んだ。

 サークルの、これは一番目上の先輩に当たるしま総一郎そういちろう児嶋こじま道也みちやだ。玲はそちらに逃げ込んだ。白熱する由良たちは気づかない。

「何があった」島が聞いてきた。

「いやその、何と言うか」

「事情が込み入ってるのは分かるからゆっくりでいいぞ」

「あざす」

 玲がどうにか説明し終わると同時に、隣で話を聞いていた道也が立ち上がった。

「おい道也」

「ちょっくら快刀乱麻かいとうらんましてきてやるよ」

「おい」

 静止を含んだ島の呼びかけを受け流し、だらっとした挙動で由良たちのところに向かう。なお、由良‐奏士のラリーはこの間全く途切れていない。仲が良い。

「よーお前ら何やってんのォ」

 道也はそのように声をかけ、由良たちが振り向いた。二人とも露骨に嫌そうだ。悪い人ではない、ないけど、というのが大方の道也評だ。まあ先輩だし? 多少は忖度そんたくするけどさあ、みたいなところがある。玲も大筋のところはこれだ。特に、若干舌が回ってない喋り方を、これはわざとなのだが、やってくる時の道也は大体鬱陶しい絡み方をしてくる。

 そんな道也くんが言いました。

「あーそれクソゲーらしいな」

「は?」

「俺はやってないけど、皆が言ってたから多分クソゲーなんだろうな」

「あ?」

「そんなクソゲーやってんのかー、意外と趣味悪いな」

「は?」

「もっと楽しいことしろよ、時間の無駄じゃね。まあゲームってそういうとこあるよな」

「はァ?!」

 嫌なライン全部乗せてきた。思わず玲も顔をしかめる。嫌なラインだ。

 切り替わる音、というものがもし存在するなら、まさに今鳴り響いただろう。由良と奏士のヘイトと罵倒がそっくりそのまま道也にスライドする。

「人のゲームプレイに四の五の言われても困るんですけど。ゲームくらい好きにやるし」

「クソクソクソクソ馬鹿じゃねえの」

 しかもなんだか立ち位置が……やっぱ仲良いだろ。

 玲と島はただ遠目に見守るだけだ。

「こういうロールありますよね、俺あんまりマルチとかやらないから適当言ってますけど」

「真似するなよ」

「やんねっすよ」

 玲はしみじみ答えた。

 なおこの間、道也は適当ーに聞き流している。

「さすがー、知らなかったー、すごーい、センシティブー、そうなんだー」



 夕暮れ、大学前でキレ散らかす由良と奏士の影が長く伸びる。

「はー無いわ、何なの、無いわ」

「くっそ腹立つわあの野郎。おう飯食い行こうぜ飯」

「いいねえ!!」

 そんなこんなで二人は最寄りのファミレスに消えた。耐久で道也への文句とブルブラの話をすることになるだろう。

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