第27話 正気か?

 エスティがオレの前に差し出したのは人形だった。

 二頭身のマスコットで、黒い髪の男がこの学園の制服を着ているように見える。

 まさかこの人形が昨夜の礼か?


「これはアルフィス様です! 私……アルフィス様ファンクラブを立ち上げることにしました!」

「……は?」

「昨日、アルフィス様に助けられた時に私はあなたというお方に惹かれて……ですが私ではあなたとは釣り合いません」

「いや、待て」


 なんか急に早口になってとんでもないことを口走っているんだが?

 この場にレティシアがいたらいい感じに収めてくれたかもしれない。

 こういう子の扱いはあいつのほうが適任だと思うが、今はたぶん訓練場だ。


「そこで私はアルフィス様を応援することにしました。もちろん中途半端な気持ちじゃありません。やるからには真剣です」

「だから待て。まずファンクラブってなんだ」

「アルフィス様に惚れて本気で応援したいと思う方々が集まる場所です」

「落ち着け。昨日、どこか頭でも打ったか? よかったらいい治癒師を紹介しようか?」


 バルフォント家お抱えの治癒師なら、この状態をなんとかできるかもしれない。

 間違ってもミレイ姉ちゃんにだけは見せないようにしないと。

 九年前はキスを強要されただけで済んだけど、今は何を求めてくるかさっぱりわからんからな。


「あーのさぁ! さっきから勝手なことばかり言ってるけどさ! アルフィス様にはボク一人だけでじゅーぶんなんだからね!」

「はい! もちろんアルフィス様の素敵な従者であるルーシェル様には敵いません! 私達はあくまで遠くから応援します!」

「よくわかってるじゃん。見込みがあるからお前はボクの手下にしてやってもいいかな」


 ちょろすぎだろ、このクソ天使。

 つまりエスティの暴走を止める奴はオレ以外にいなくなったわけだ。

 第一にオレに応援なんて必要ない。


 別に自分がやってることを誰かに認められたいわけじゃないからな。

 この世界の攻略というのはオレが自己満足でやっているに過ぎない。

 それに学園での仕事柄、目立ちすぎるのもよくないはずだ。


 これは絶対にやめさせるべきだ。

 心を鬼にしてオレの意思を伝えよう。


 いや、待て。

 今、私達って言わなかったか?


「エスティ、そのファンクラブというのはすでに何人かいたり……しないよな?」

「会長の私を含めてすでに七名が集まってます!」

「フットワーク軽すぎだろ! 大体オレのファンなんかどこにいるんだよ!?」

「アルフィス様ってかっこいいし、密かに憧れている子はいるんですよ。ほら、あそこにも……」


 エスティが指した席を見ると、ちょうど女の子が顔を逸らした。

 あいつが会員の一人か。

 まったくオレのあずかり知らないところでとんでもない集団が結成しつつあるな。


 昨日の件を引きずってトラウマになってるかと思ったら、変な方向に振り切れてしまった。

 落ち込んでるよりはマシと考えるべきか。

 こんなことになるなら助けるべきじゃなかったかもしれん。


「そのファンクラブってのはあくまで遠くから応援するだけか?」

「はい、もちろんです。ただし! アルフィス様はとても私のような下賤な平民が近づいていいようなお方ではありません。それは他の会員も同様です」

「どういうことだ?」

「アルフィス様に告白するのは厳禁! あくまで私達は純然たるファンでいるべきなのです!」

「そ、そうか」

 

 あまりの気迫にシンプルに返答してしまった。

 まぁ告白されたところで断るけどな。

 オレは恋愛を楽しみたいわけじゃないし、そんなものは攻略の邪魔だ。

 ゲームに恋愛要素がほしいなんて声があってカップリングの妄想による二次創作なんてのがあったけどな。


 いやしかし、これはどうする?

 今更やめさせるのは極めて難しい。

 人を殺すのはなんとも思わないけど、こういうところでは葛藤してしまう。


 結論として邪魔にならなければ問題ないか。

 いや、すでに邪魔なんだがそれはこれからの話だ。

 すでにこっちのクソ天使も陥落済みだし、もう放置しよう。


「エスティ、ボクがファンクラブに入ってあげるよ」

「本当ですか!? 従者の方に入っていただけるならぜひ!」

「ボクが直々にアルフィス様の魅力を教えてあげるよ。ただし生半可な根性じゃついてこれないけど覚悟はいい?」

「はいっ!」


 はいっじゃねえんだよ。

 生半可な根性じゃ理解できないオレの魅力ってなんだよ。

 ルーシェルとはそこそこ長い付き合いだけど、ここにきて少し怖くなってきたぞ。


「よし、じゃあまずは……」

「騒がしいわね」


 ルーシェルの言葉を遮ってやってきたのはリリーシャだ。

 二つのハンバーグ定食をテーブルに置いてから、オレ達を嘲笑するように見る。

 そうだ、こいつ見た目に反して大食いなんだよな。


「ファンクラブがどうとか聞こえたけど、そんなにうわついていて勉強のほうはどうなってるのかしら」

「そ、それは、がんばってます」

「平民が『がんばっている』程度で乗り切れるとでも? だからあなた達平民はいつまでも平民なのね」


 エスティが黙ってしまった。

 あれだけオレが泣かしたのにこいつ全然懲りてないな。


「そんな男のファンクラブだなんてどうせろくなもんじゃない。私達、生徒会が不適切だと判断したら即活動停止よ」

「おいおい、今日はまたずいぶんと機嫌が悪いじゃないか。生徒会のお仕事がよほどうまくいってないのか?」

「アルフィス、あなたに関係ないじゃない」

「魔道具爆発事故の件、生徒会側で先にあの手の輩を取り締まれなかったのがよっぽど悔しかったか?」


 オレの言葉に反応してリリーシャがナイフとフォークの手を止めた。


「なに、ケンカを売ってるの?」

「いきなりやってきて悪態をつかれたんだから、こっちとしても気になるだろ。嫌なら他の席に移れよ」

「他の席が空いてないから仕方なく座っただけよ。勘違いしないで」

「あそこら辺とかだいぶ空いてるけどな」


 苦し紛れのウソがばれたリリーシャがオレを睨みつけた。

 オレに負けて以来、気になってしょうがないんだろうな。

 そこへファンクラブなんて単語が聞こえたから、さりげなくやってきたと。


「と、とにかく下らないファンクラブなら即潰すわ!」

「オレに言うなよ」

「あなたも一度勝ったくらいで調子に乗らないことね! あの時は『こんなものでいい』という意識が強すぎたせいで負けたの! 次は手加減しないわ!」

「はいはい」


 それを言い出したらアドバンテージを取られたレティシアだってそうなんだけどな。

 文句を垂れながらもリリーシャは二つのハンバーグ定食をみるみると処理していった。

 食欲だけならお前の勝ちだよ。

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