第26話 一夜明けたら恐ろしい事件が起こったみたいだ(他人事

 私は目の前で起こっていることが段々わからなくなってきました。

 二年生の怖い先輩達に拉致されたと思ったら、アルフィス様がやってくる。

 あぁ、助けに来てくれたんだと安心したのも束の間。


 先輩の一人が斬られて暗闇の中に消えていきました。

 え? 殺した? 私は何を見ているんだろう?

 この瞬間から私は夢の中にいる感覚に陥りました。


「ローグイドは死んだのか?」

「あぁ。お前ら同様、この学園……いや、この国には必要がないからな」


 二年生を前にして、そう笑うアルフィス様の顔を見て背筋が凍ります。

 まるで虚空を見つめるかのような、まるでそこにいる人間を人間として認識していない。

 いや、人間ですらないと捉えているようにも見えました。


 瞳の奥には無限の漆黒が広がっているかのように暗く冷たい。

 深淵の底から生まれた何かとすら思えてきます。

 先輩達もそれを察したのか、アルフィス様に攻撃を仕掛けます。


 あれだけの数、いくらアルフィス様でも勝てっこない。

 私は思わず目を瞑ってしまいました。


「ぎゃあぁッ!」

「ぐっ!」

「あぐっ!」


 目を開けるとそこには血を流して倒れている先輩達がいました。

 見えない無数の凶器に貫かれたかのように体中から血を流しています。

 私は胸の中で何かがうずきました。


 とても残酷で怖いことが行われているのに私はどうしてしまったのでしょう。

 ここから逃げたいという気持ちがまったく芽生えません。

 それどころか見続けたいという欲求が膨らんできます。


「どうだ! 防戦一方だろ! こんなものじゃないぜ!」


 早すぎて何が起こってるのかわかりません。

 私があと一歩でも動けばたぶん攻撃に巻き込まれて死にます。

 でもなぜでしょう。私はもっと近づきたいと思ってしまいました。


 ギリギリのところで見続けたい。

 怖いけど背筋に何かが這い上がってくる感覚です。

 それは不快でもあり気持ちのいいものでもありました。


 アルフィス様が負けたら私はどうなっちゃうのかな。

 きっと想像もつかないことになる。


 そんなアルフィス様は今、どんな顔をしているんでしょうか。


「まぁまぁのものを見せてもらったよ。お礼になるかわからないけど、オレからもう一つだけ手の内を明かそう。シャドウエントリ」


 アルフィス様が消えました。

 次の瞬間、下から刃が突き出て先輩の腹を貫きます。

 血が滝のようにビチャビチャと床に落ちて、先輩はついに倒れました。


 何が起こったのかさっぱりわかりません。

 血がいっぱい出て先輩が死にそうなのに私はどうかしてしまいました。

 胸の高鳴りを抑えられなくなっています。


「根暗魔法なもんでな。雷魔法みたいにかっこよくはいかないみたいだ」

「死に、たく……」


 そう言ったきり、先輩は動かなくなりました。

 先輩が死んだ。アルフィス様が殺した。


 ここは学園なのにそんなことが許されるの?

 アルフィス様はとんでもない悪人なのでは?

 そんな常識が私の頭からスゥっと消えていくのがわかりました。

 

「怪我はないか?」


 手を差し伸べるアルフィス様を見た瞬間、私は思考が停止しました。

 そこにいるのは血塗られた王子様、闇の貴公子。

 そう、私はとても興奮しています。


            * * *


 ここの死体はバルフォント家お抱えの特殊清掃班が片づけてくれる。

 今日のことは何らかの事故で片づけられるはずだ。


「立てるか?」

「えっ、あ、あっ……」

「どうした。歩けないのか?」

「ちがっ……」


 顔が赤いな。熱があるのかもしれない。

 ひとまずエスティの手をとってサポートした。


「聞きたいことはあるだろうけど我慢してくれ」

「アルフィス……様……」

「おい、さっきからどうした。女子寮の入り口まで送るからそこまでで勘弁してくれ。さすがに中には入れないからな」

「ふぁひぃ……」


 こりゃよほどショックを受けたな。

 ただし悪いのはオレじゃなくてマフィアごっこしていたDQNどもだから罪悪感はない。

 彼女がどこを目指しているのかはわからないけど、こんな世界じゃ人が死ぬところを見る機会はそれなりにあるはずだ。

 予行演習だと思って耐えてほしい。


 それから女子寮に着くまでの間、エスティは一言も喋らなかった。


「じゃあな。明日も授業があるから早めに休め」

「あの……」

「ん?」

「あ、ありが、あああありががががが……」


 エスティが真っ赤になったまま壊れたラジオみたいな声を出す。

 やっぱりショックが大きかったみたいだな。

 まぁ一晩休めば気が落ち着くだろう。


「どうした。オレは女子寮の中には入れないから、ここからは自力で帰ってくれ」

「は、はいひひひ……」

「昔、女子寮に潜入した奴が生徒会に目をつけられて退学になったらしいんだ。というわけで、じゃあな」

「あ、あ、の……」


 このままやり取りしても埒が明かないのでオレは退散することにした。

 ちらりと後ろを見ると、まだぼーっとして立っている。さすがにもう知らんぞ。


            * * *


 翌日、デイル他二人とデニーロ含む二年生達が魔道具倉庫に忍び込んで爆発事故を起こしたと学園内に報じられた。

 原因は取り扱い注意の魔道具をうっかり操作して魔力が膨れ上がってしまったことによる爆発らしい。

 これにより二年生は全員が死亡、一年生は重体だった。

 デイル達は救助されたものの怪我が深刻で治療院でも手の施しようがないらしく、近々退学の手続きをするようだ。


「アルフィス様。ここの学食、なかなかの味ですね」

「食材調達と調理の専門チームがいるくらいだからな。学費が高くて厳しい分、待遇はいい」

 

 食堂にてオレ達は五重の塔みたいな弁当じゃなくて学食を食べていた。

 この学食は下手な店よりかなりおいしい。

 何せ舌が肥えた貴族達が通う学園だから、それなりのものを用意しているようだ。

 せっかくの料理なのに、この場で穏やかに食事をしているのはオレ達だけみたいだな。


「ヒソヒソ……デイル様、せっかく伯爵家に生まれたってのになんてバカなことをしたんだ」

「前々から見下した感じが鼻についたし、ざまぁみろだよ」

「ガズとケーターもだいぶ調子に乗ってたからスッキリしたぜ」


 学園内のどこを歩いてもこの話ばかりだった。

 まったく恐ろしい事件が起こったものだ。

 魔道具の中には取り扱いを間違えると一気に魔力が膨れ上がって爆発するものがあるからな。


「いい歳して魔道具に悪戯だなんてなぁ。ルーシェル、そう思うだろ?」

「まったくですよ。うっかり触れたら命取りになるものが世の中にはたーくさんありますから、ね?」

「なんでオレを見るんだよ」

「これだけの事故ですからね。デイル達の家にも怖い人達がお訪ねしちゃいそうですねー」


 こいつ、ちゃんとわかってるじゃないか。

 もちろんデイル達に関しては殴る蹴るだけで済むはずがない。

 後日、家族の誰かがデイル達の家を調査した上できっちり処遇を決めるだろう。


 ブルックス家は雷魔法で急速に成長したが、それだけが原因か?

 デマセーカ家みたいに叩けばいくらでも埃が出てくる可能性だってある。

 今度はその埃に引火しなきゃいいけどな。


「あ、あの……」

「ん?」


 話しかけてきたのはエスティだ。

 何も持っていないから一緒に食事がしたいわけじゃなさそうだな。


「お、お話があります……」

「お話?」


 昨日の今日で一体何だって言うんだ?

 エスティの表情を見る限り、なかなか真剣な話のようだが。

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