第1話 高校二年の春

 何もしなかった夏休みが終わり、秋が来て冬も終わり、また春になった。

 高校二年の初日、俺は熊本市電の路面電車を降りて、いつもの学校に向かっていた。明るい季節なのに何とも憂鬱だ。


 あいつと別れてから、俺は必要最低限しか話さなくなった。元々、目つきは悪く、話し方もぶっきらぼうだ。だから、俺が愛想を悪くしたら話しかけてくるやつはほとんど居なくなった。


 1年生の日々は灰色だった。俺を支えているのはただ勉強に励むことだけだ。授業を聞いて成績を上げる。それだけの毎日をすごしていた。


「相変わらず冴えない顔してるな」


 校門に近づいてきたところで、珍しく声を掛けられた。


「なんだ、健司か」


 伊藤健司。こいつはもう友人では無い。元友人だ。朋美と別れる前にはよくつるんでいたグループの1人だ。


 こいつに関わるとろくな事が無い。

 俺は健司を無視して学校へ足を進めた。


「おい、聞こえているだろ」


 健司はしつこく話しかけてくる。仕方ない。


「俺に何か用か?」


「別に用は無い。ただの挨拶だ」


「そうか、じゃあ用が済んだら消えろ。だいたい、お前誰だよ」


「いや、さっき健司って言ったよな」


 しまった。こいつを忘れたふりをしようと思ったが、最初に名前を言ってしまったのが聞こえていたか。


「全く……。蒼、お前いい加減、元に戻れよ」


「なんでだよ」


「お前がそんな感じだと俺もつらい」


「お前が罪悪感を感じる必要は無いだろ」


「だって、ある意味俺のせいだからな。俺があいつと先輩を会わせてしまった」


「……」


 あいつ、というのは佐々木朋美。俺の元カノだ。

 高校に入学したうれしさからテンションも高かった俺は、クラスでも中心的なグループの一員になった。そのグループに居たのが朋美だった。俺は特に意識していなかったが、朋美から告白され、付き合うことになった。


 だが、俺たちは夏休みを待たずして破局した。相手は健司と同じサッカー部の三年生だ。朋美は健司たちの試合を見に行って、あの先輩と出会ったらしい。


「有名カップルの破局で大騒ぎになっちまったしな」


「有名ね……」


 朋美は俺と付き合う前から学校では有名人だった。朋美はいわゆるギャルで目立つし、モデルみたいにスタイルも良く顔もいい。そんな美人が俺と付き合いだしたのだから大騒ぎだ。あっという間に俺の名前と顔も広まった。それが破局したのだから、なおさらだ。


「あんなことになるとは思わなかった。すまない」


「もう終わったことだ。今は何とも思ってないよ」


「じゃあ、いい加減、そんな陰キャ気取ってるんじゃないよ。元に戻れ」


 陰キャを気取る、ね。俺は振られたことをきっかけにグループを抜けた。朋美がいるグループになんていられるわけがない。そして、今のように俺は陰キャになった。


「元には戻らない。おかげで俺は学年2位だからな」


 俺は勉強に励んだおかげでぐんぐん成績が上がった。学校ではそれくらいしかすることが無かったからだ。そして、気がついたら学年2位になっていた。もうすぐ1位になれるだろう。


「はぁ。気が変わったら、いつでも戻ってこいよ」


 そう言って健司は去って行った。


 それにしても2年生か。クラス替えもある。

 もし運が良ければ、俺も少しは変わっていいのかもしれない。

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