戦闘魔導士イッカクさん(ハイファン・途中まで)
──人間とはかくも醜いのか
───嗚呼、こんなことならば
────…救わなければよかった
△▼△▼△▼△
【聖女】アルテイシア
【雷閃】パーシヴェル
【闇矢】フォクシー
そして、【勇者】エリクス
【魔王】を打倒し、人類に光の夜明けを齎した英雄達…
そんな英雄達は今、反逆者と呼ばれ、追われていた。
結局の所、人の心とは酷く移ろいやすく、そしてはかないものなの
魔王を倒した当初は彼らを褒め称え、英雄と賛美した人々は、次第に人外の力を有する彼らを嫉妬し、恐れはじめた。
7つの国を滅ぼした魔王ですら滅ぼした【英雄】。
そんな英雄が味方のうちはいい、しかし、万が一敵となったら?
民草は英雄を畏れ、恐れ、怖れた。
毒を盛り、友人家族を人質とし、あらゆる卑劣な手を使い英雄達を排除しようとした。
彼ら自身には危害は加えられなくとも、彼らの家族、友人知人はべつだ。
大切な存在であり、弱点でもあった。
彼らに強い善性が備わってなければそれらを切り捨て、逆撃に出ることもできただろうが…元より彼らはそう言った大切でかけがえのないものを守るがため、魔王討伐の旅に出たのだ。
彼らはいま、その英雄的資質がために追い詰められていた。
そんな彼らは大迷宮に逃げ込んでいる。
大迷宮、それは人の身では抗うことなど叶わない闇の領域。
悪意と財宝に満ち溢れた絶望と希望入り混じる混沌領域。
死者ですら蘇らせる霊薬、地水火風、形のないものすら両断する名剣、竜種のブレスの直撃ですら眼前で霧散させる魔鎧。こう言った多くの国宝級のアイテムは全て迷宮から産出されたものだ。
当然、それらを得るために多くの犠牲を払ったが…
そんな大迷宮の最下層には何があるのか?
噂によればあらゆる望みが叶うと言われるアミュレットがあると言う。
多くの王侯貴族は軍を差し向けてまでこの迷宮を掌握せんとしたが、その悉くが失敗に終わった。
無理もない、かの魔王すら木っ端と見做すような邪悪が闊歩し、人々を加護するはずの神々ですらもこの迷宮においては牙を剥くのだから。
▲▽▲
イッカクさんは珍しく酷く狼狽していた。
なぜなら冒険者が一番やってはいけないことをやらかしてしまったからだ。
ランダム転移罠の作動。
テレポーター、それはあらゆる冒険者が忌み嫌う最低最悪の罠である。
これはいけない罠だ。とてもよくない罠だ。
テレポーターにひっかかるとダンジョンのどこかへ飛ばされる。それだけならよい。
良いが、運が悪いと埋まってしまう。
壁に……そうなると例え神殺しの称号をもつイッカクさんといえど助かる見込みはない。
壁など破壊すればよいのではと思うかもしれないが、そうはいかない事情がある。
壁にうまるとは要するに、肉体が壁として再構成されてしまうという意味だ。
壁はものを考えない、イッカクさんがどれだけ凄腕の魔導師でも思考すらできなければどうにもならない。
それ以前にイッカクさんは闘う為以外の魔法は使えない。
戦闘魔導師とは要するに闘争以外には能のない魔導師を言う。
だからこそ転移無効のアミュレットを身につけていたのだが…
油断をしすぎたとはいうまい。
例えば火属性無効のアミュレットを身につければ、産まれたばかりの幼子だって火を司る大聖霊の魂魄みな全て投げ打った大火焔を浴びても火傷一つしないだろう。
転移無効というからにはあらゆる転移が無効とされるはずであった。
例外は一切ないのだ。
イッカクさんは「そう言った概念の世界」に生きていた。
だがその例外は崩れた。
▲▽▲
これだけ焦るのはいつぶりか…新米の頃、斬首兎の群れに襲われた時以来か、冷たくひえた汗をうなじに感じながらイッカクさんは必死で状況を確認して……気付く。
──どうも毛色が違う
イッカクさんは迷宮中毒だ。
そして「良い冒険者」である。
良い冒険者はお宝を鑑定、換金しにいくとき以外は基本的にいつも迷宮にいるものだ。
そして「良い冒険者」とは悉く宝に目の眩んだろくでなし…
──恐ろしく強く傲慢で、救いようもない社会不適合者である。
信仰心はない。神や悪魔を品質のよいアイテムを落とすボーナスモンスターだとしか思っていない。
女には興味はない。そもそも他人に興味はない。良い冒険者がほしいものは「本当に良い品」のみである。
金は荷物だとしか思わない。不要とまではいわないが、金をいくらつんでも「本当に良い品」は得られない。
権力?言うまでもなく不要だ。自分以外の全ての存在を敵か潜在的な敵に分類するような者にとっては。
とはいえイッカクさんは敵であっても、潜在的な敵でも、どちらでも大好きだ。
なぜなら敵は殺せばお宝を落とすし、潜在的な敵も殺してしまえばお宝を落とすからである。
そんな廃人が「良い冒険者」だ。
──イッカクさんもまた例外ではない…とまではいわない。
イッカクさんは「良い冒険者」の中でも珍しくひとかけらの良心を持つ珍しい男だった。
そんなイッカクさんにとって迷宮とは自宅も同然。
自分の家がわからない者がいるだろうか?
イッカクさんは一目で「この迷宮」が自分の知るそれではないことに気付いた。
全体的な雰囲気が理由でもあるし、なによりも、目の前の若い男女の集団の備えを見ればここがイッカクさんのいた迷宮ではないことに気づく。
イッカクさんの探索していた迷宮は絶死迷宮と呼ばれる猛毒立ち込める死界。
神々すら忌み嫌うポイズンデッドリードラゴンが巣くう魔窟。
階層全体にたちこめる腐敗の毒はあらゆる存在を内から爛れされ、壊死させる。
イッカクさんのように毒耐性100%の装備を整えることが出来ないのであれば…
とてもこんな指先一つで挽き肉になりそうなヌーブ(ド素人冒険者の意味)が例え一秒でも生存を許される階層ではない。
まごう事なきヌーブだ。
見ればわかる。
まず、疲れているように見える時点でヌーブ確定だ。
イッカクさんの認識では疲労を激減、あるいは無効とするアイテムは身につけていて当然だからだ。
また、怪我をしているのは良いにしても、見る間にその傷が治癒していかないこともヌーブの証と言える。
イッカクさんほどではなくとも、中堅程度の冒険者ならば瀕死の状態ですら数分で完治するくらいの自然治癒力はあって当然だ。
要するに何もかもが足りていない。
ところで前述したが、イッカクさんは「ひとかけらの良心を持つ良い冒険者」である。
だから得体の知れない集団が急に目の前に現れても先制攻撃などはしない。
大体彼らが敵対的であってもイッカクさんに毛筋ほどの傷もつけられないだろう。
殺してしまってアイテムを奪っても良いが、見たところロクな物を持っていないようだ。
せいぜいがハイレア…(イッカクさんの世界では)店売りされているような廉価品、アイテム袋に入れるだけ無駄である。そもそも空きスペースがない!
理由なき無駄な殺しはしない、イッカクさんがひとかけらの良心を持つ所以であった。
△▼△
大迷宮まで追っては来ないだろう
大迷宮にならば今の自分達の窮地を打開する宝物があるのではないか
あるいは大迷宮に存在するという迷宮街に住むことができれば…
いくつものたらればを胸に英雄達は大迷宮へと逃げ込み、そして絶望した。
突然目の前に現れた茶けたローブを纏う男。
年の頃は中年か、ガラスの様な瞳で自分達を見つめてくる。
何も感情は窺えない。
敵か味方か?何も分からない。
そう、わからないのだ。
強いのか弱いのかも。
それはつまり、目の前の男と自分達の間には隔絶した差があることに他ならない…
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