第30話

 キャンプに戻ってウサミが青い顔で駆けてきたときは、自分がしたことを痛感した。シキアは一人で大丈夫だったが、心配してくれるひとがいる、残されて不安にさせたひとがいる、それが人の中で生きるということなのだ。父と二人で生きているときは父にだけ気を配ればよかった。心配されたことはあるが、父はシキアを一番分かってくれるから、いつも納得してくれた。たぶん、あれはシキアから父への甘えだったのだろう。分かってくれる、そう思うのは、甘えだ。何も行動せず分かってくれ、なんて、甘えだ。それを、痛感したのだ。

「ウサミ、心配かけてごめん、ありがとう」

「うん、ヒアミック様もいなくなって、怖かった。でも、無事でよかった。まあ、君は強いから大丈夫だったよね、心配なんて僕の杞憂だった」

 にこりと笑ってくれたウサミの方がよほど強いと思う。

「では、早々に帰還路の説明と準備にかかろう。ヒアミック、キャンプをすべて引き払うのにどれくらいかかる」

「さあ、どうだろうな」

「お前な責任者だろうが」

「あ、ざっと用意して一時間くらいです」 

 ヒアミックの代わりにウサミが答えてサコットに褒められている。シキアも答えることができなかったから、本当にウサミに救われている。

「すぐに準備にかかります」

 ウサミとシキアはキャンプの片付けに取り掛かった。瘴気のせいで具合が悪い隊員も多いので、彼らの休める場所は最後まで残して、持ち帰る収集物を丁寧に梱包する。山道を通るから馬に乗せられる荷物は限られてくる。それを選別するのに一番時間がかかった。ヒアミックは意外とすんなり収集物を置いて帰ることを承認した。王じきじきに騎士を派遣してまで帰還命令が出ているのだから当然ではある。あとは、具合の悪い隊員たちに頑張って歩いてもらうだけ、のはずだった。

 一時間後、帰路の案内人が城から到着して具合の悪い者から出発する。 

 なんとか隊員達をおくり終えて、残りはサコットとヒアミックとシキアだけになった。

 シキアはヒアミックと最後まで残って荷物をチェックしそのあとに続く、つもりだったのだが。

 ふいにヒアミックが頭を押さえてしゃがみ込む。

 こんな姿、初めて見る。嫌な予感がした。

「大丈夫ですか⁉ どうしたんですか」

「大丈夫だ、頭痛が」

 まるでそれに呼応するようにサコットも頭をおさえる。そして、ふらふらと近くの木によりかかった。

「えっ、サコット様! 大丈夫ですか⁉」

「……だいじょう、ぶ」

 顔色がだいぶ悪い。絶対大丈夫ではない。同じ顔色をしたヒアミックが立ち上がりながら目を細める。

「まさかとは思うが増大期がきたのか」

「まさか! だってまだ前回の増大から二年しか」

「周期は不定だ」

「でも、こんな短かったことなんてないじゃないですか!」

「確かになぜだ? いや、今はだめだ、思考はあとだな、サコット、離れるぞ」

 サコットは目を閉じ頭を押さえたままで立ち尽くしている。それをヒアミックとシキアで引きずりながらなんとか中間点まできた。中間点もざわめいている。

「こんな早く増大期がくるなんて」

「しかしこれで国境戦はおさまるのでは」

 ばたばたと皆が走り回っていた。

 不意に、サコットが目をあける。

「こっきょうせん……」

 呟いたあと、まるで我にかえるようにサコットは目元を押さえてから、しゃんと立ち上がった。いくら制御装置をつけているとはいえ、平気な訳が無い。ヒアミックだってまだ青い顔をしているのだ。

「大丈夫か、私たちも引き上げよう。サコット、城に戻るぞ」

 ヒアミックの声にサコットは静かに首を横にふる。

「いや、国境戦を確認してから戻る」

「何を言っている!? いま国境戦は騎士ジーンの仕事だ。お前がうろちょろする場所じゃないだろう」

「分かっている、参戦はしないさ。状況確認と必要なら後方支援だけだ。増大期が、どう、影響するか、わからない、から、な」

 サコットがまた頭を押さえた。増大期は中間点でも具合の悪くなるものが出る。そのぎりぎりの距離にあるのが中間点だからだ。ここから少し離れた鉱石発掘所も具合の悪い者が出ているだろう。国境戦でもなんらかの影響が出ているかもしれないと思うのは当然だ。しかし、それはサコットも同じことなのだ。どんな影響が出るか……。

「サコット、戻るぞ」

 ヒアミックの強い口調にも、けれどサコットは引かなかった。少し様子を見るだけだと駆け出していく。慌てたようにヒアミックが後を追う。

 騎士のサコットを力づくで引き留めることなど、ヒアミックにもシキアにもできるわけがない。なんとか追いかけるしかないのだが、サコットの背中が少しずつ遠ざかっていく。でもシキアは分かってしまった。やはりサコットは本調子ではない。普段はもっと風のような速さで走る人なのだ。ヒアミックや自分が背中を追うなんてできるはずがない。

 それでも、もともと体力が違いすぎる二人はあっという間にサコットを見失った。しかたなく一旦、中間点まで戻って馬を借りて追いかけたが、鉱石発掘所まで来てもサコットには追い付けなかった。

「馬より早いのかあいつは!」

「もしかしたら何か近道を知っているのかもしれませんね」

「ああ、それはあるな、まったくこっちはこのへんの地理は詳しく無いというのに」

 ヒアミックの顔色と、機嫌が悪い。どうしたってサコットが心配なのだ。それはシキアも同じことだけれど。

 たどり着いた鉱石発掘所も落ち着きなくざわめいていた。発掘所の人間だけでなく、明らかに兵士たちの姿もある。負傷兵が担ぎ込まれているらしかった。普段は発掘師たちでにぎわうこの場所が今は野戦病院と化している。息を呑むシキアは、戦争を知らない。これが初めての経験だった。

 息を整えるのに少し止まっていたヒアミックを見つけた発掘所所長が駆けてくる。

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