第27話

 ほとんど眠れぬ夜を超え、ようやく帰路案内人がきた。それでも全員を一斉に導くのは危険で難しいらしく、数人ずつ、荷物も少量ずつの帰還になった。次の案内人は昼すぎになるらしい。帰還のめどがついたこともあってか、心なしか隊員たちの顔色がよくなった気がする。ヒアミックはずっと青い顔をしているが、倒れることはなかった。

「制御装置を強めに作ったからな」

「帰ったら皆のぶん、改良がいりますね」

「サコットにやったやつくらい魔法石の重ね付けがいるだろう。また忙しくなるな」

 サコット様――考えないようにしていた名前が不意に現れたから、ちょっとだけ心が揺れた。国境の戦乱が王都まで届くことはないだろうが、騎士として後方支援に回ることもあるかもしれない。この状況、心配しているだろうな、と思うと、閉じ込めていた感情があふれ出しそうになる。

(会いたい、な)

 仕事だから考えないようにしていたけれど、あの笑顔が見たくなる。優しい声で呼ばれたくなる。

「シキア、君も少し休め」

「あっ、はい、先生、お茶でもお持ちしましょうか」

「結構だ。まったく、とんだ初調査になったな。国境戦だと? ますますこの地の調査を急がないといけないな」

 愚痴のような独り言は珍しく余裕なさげに聞こえた。先生も疲れているのだろう。ゆっくり休んでもらおうとヒアミックのテントを出て、他の隊員たちの様子を見てまわる。テントで休んでいる者もいるがそれでも帰路のめどがついたことで、暗くないのが救いだ。シキアは元気に動けるのでキャンプの片付けを進めることにした。採集したものを馬に乗せられるだけの量に調整しているときだった。隊員の一人、最年長のベルが青い顔でふらふらとテントから出てくる。

「あ、隊長」

「顔色悪いですよ、大丈夫ですか」

「はい、あの、こう、小さい麻袋みませんでしたか? 紐がついて首から下げられるようになっている」

「見てないですね」

「そう、ですか」

 ベルはあからさまに肩を落としてテントに戻っていく。あまりにがっくりしていたので、つい、声になった。

「あの、探しましょう、か」

「え」

 自分の首からも大事なものが下げられている。それを服の上から触りながら、ベルの大事なものなのでは、と思ったのだ。

「いつからないんですか」

「それがわからなくて、具合悪くなってからずっとぼんやりしてて、さっき、ようやく気付いて」

「だったら調査中かもしれませんね。最後にいたのは調査中止した場所だから……ちょっとオレ行ってきます」

「あ、の、いや、隊長にそんな、いいです、そんな大事なものじゃないし」

 シキアはまた首元の指輪にそっとふれる。大事じゃないものを身に着けたりしない。

「行ってきます。オレは大丈夫ですよ、知っているでしょう?」

 ベンはしばらくシキアを見つめていたが深く頭を下げた。小さな声で教えてくれたが、恋人から預かっている髪紐で、無事に戻って返して、という約束らしい。皆、この調査を不安がっていたのだ。当然だが。ちゃんと返して、次につなげたい。ベンは優秀な採集者だ。

 ヒアミックに事情を話してキャンプを離れる許可を貰うと、小さく咳払いをされた。

「無茶はするな」

 無茶をするつもりはない、無茶をする能力もないのは分かっている。するなら自分にできることだけ。まあ、少しだけ探索して何かあったら採取しようと思っているのは本当だが。見抜かれているのだろうか、こわい。

「早めに戻ります」

「そうしてくれ」

 ヒアミックの顔色も良いとはいえない。確かに長くキャンプを離れない方がいいだろうと思いながら、最後に進んだ場所まで戻って藪を探す。あのときは皆具合が悪くなって慌ててもどったから他にも回収ぬかりのものがあった。それを拾っていると麻の小袋を見つけた。綺麗な赤い紐がつけられている。間違いなく大事なものだ。

(見つかってよかった)

 これでもう戻ろう、そう思ったときだった。

 森がざわと揺れた。と同時に突風が巻き起こる。なんだ、と思ったときだった。聞き覚えのある声が聞こえる。森で暮らしていたころ、毎晩のように聞いていた夜鳴鳥の鳴き声だ。けれど、今はまだ昼で、それに、この羽音は――。

 ばさばさという音はまるで豪雨の音色で。こんなものが夜鳴鳥の羽音のはずがない。見上げた空に広げられた羽が森の空を覆うほど広く、こんなものが夜鳴鳥であるわけがないのに。それでもその造形は間違いなく、夜鳴鳥だった。それがシキアの知っている夜鳴鳥十羽分、いや、もっと大きいものだったとしても。

「いや、これが夜鳴鳥の訳ないだろ!」

 いや、でも、夜鳴鳥だ。昔からずっと見てきた。間違うわけがない。あきらかに、これは、変異だ。動物が環境により変異する本を読んだことがある。これは、瘴気の地に住む夜鳴鳥の「変異」だろうか。これは発見だ。

「先生、先生っ」

 いますぐ伝えたい。鳥は羽ばたきながら奥へと消えていく。その羽の裏、輝く青はまるで魔法石のようだった。シキアの知る夜鳴鳥は茶色だ。羽裏は白で、あんな輝く青など知らない。あれだけの羽ばたきだった、羽の一枚くらい落ちているんじゃないだろうか。少しだけ迷って、夜鳴鳥のあとを追うことに決めた。シキアはヒアミックのために、この調査をしている。危ないことはしない、ただ「成果」を持って帰るだけだ。踏み入ることをメモに残して、シキアはそっと森の奥へ足を入れた。

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