第19話

 なるほどそうなのだろう。けれど胸のざわつきがおさまらない。黙り込むシキアをちらとみたヒアミックは何食わぬ顔で続けた。

「普通は体内に蓄積する魔法力は蓄積限度を超えないように自然に出力される。そうでなくとも、生活をしていると限度を超えるほど蓄積されることはないから問題になることはない。器官不良で自然放出ができない者もいるが、少し多めに魔法を使うようにすれば解決することで問題にはならない。が、サコットは取り込む魔法力の量が桁違いに多く蓄積量も多い。自然放出をしても追いつかないほど多いんだ。しかも魔法を使うとどれもさっきのような兵器レベルになる」

 ヒアミックの説明を聞きながらシキアはまだぼんやりしている。目の前ではサコットが疲れたように砂浜に腰をおろすところだった。凍結と解凍を繰り返した海は何事もなかったように静かだった。サコットの視線がシキアをとらえ、気まずげに逃げていく。

「だからあいつの魔法力放出量を抑える魔法を私が定期的にかけている。さっきもかけたが、もう抑えきれないほどの量だったから仕方なく魔法で放出した」

 魔法力が体内にたまりすぎると中毒を起こすらしい、というのは知識で知っていた。だから瘴気の地に踏み込む人は膨大な凝縮魔法力で中毒を起こして具合が悪くなる、と。シキアは実感できないから、知識としてしか知らず、さっき、初めて「それ」を見た。苦しむサコットの姿は、きっとずっと忘れないだろうと思う。

「しかし、ここまで急激に中毒を起こしたのは久しぶりだ。一度、瘴気の地へ近づいたとき以来だ。まさか青華程度の魔法力でもサコットには危険なのか」

 独り言のようなヒアミックのそれに聞き逃せない言葉があった。

「青華が原因なんですか?」

「それしかありえない」

「あ、オレ、が」

 青華はシキアが見せたものだ。知らなかったとはいえ、それでも、原因は自分だったのだ。身体中の血が引いていく気がする。

「君のせいじゃない」

「シキアのせいじゃないよ」

 ヒアミックとサコットが声をそろえて言ってくれたが、事実は事実だ。

「すみません」

 頭を下げて砂浜を見つめる。なんだか気が遠くなりそうだ。サコットを苦しめたのは自分なんだという事実がつらかった。

「違うんだって、シキア」

 ふいに肩を掴まれて顔を上げると、いつの間にか側にいたサコットが青い目をそっと細めている。

「ヒアミックがいう通り俺は魔法力をコントロールできない。昔からそうなんだ、感情に左右されることもあって、だからずっと感情の浮き沈みを無くしていつでも平坦でいられるようにしている、つもりで。誰といてもどんなことがあっても、感情を平坦にできるようになってるはずだったんだ。だから青華を見たとき揺らいだのは、俺のせいなんだよ。ほら、あんまり綺麗だったから、ね」

「そもそも、王都に戻ってきてからのこいつは確かに揺らいでいた。あきらかに浮かれていたのは分かっていたが私も油断した」

「だって久しぶりの王都だぜ、うかれるだろ」

「だが、制御の魔法を強めにかけたから、もうこんなことは起こらないだろう。それでも念のため、これからは毎日顔を見せろ」

「えー、毎日お前の顔見るの飽きるなあ」

「こちらも飽きているが仕方がないだろう」

 なんだかじゃれあいのような二人のやり取りを聞きながら、シキアは少しだけ気分が軽くなっているのに気づいた。金の騎士様と変人の天才が二人してシキアを慰めてくれているのだと分かったからだ。なんてありがたいことなんだろう。少し緩んだ表情が伝わったのか、サコットが笑いかけてくれる。元気になったなら、もう、それだけでいい。

「では私は先に戻る」

 ヒアミックがおもむろに背を向け、続こうとするサコットとシキアを手で制した。

「え」

「お前はまだシキアに話があるだろう?」

「話? サコット様がオレに?」

「っ、そう、だな」

 え、なに、こわい。思わず救いを求めてヒアミックを見たが、振り返ることもなくさっさと城への道を上がっていってしまった。波の音だけが響いて、異常に気まずい。何かこっちから会話を切り出すべきでは、と思ったが、なにしろ今は言いたいことがありすぎて言葉にできない。

 先に口を開いたのはサコットの方だった。

「ありがとう、それからごめんね」

「え?」

「迷惑かけて、びっくりさせて――嘘ついて、ごめん……本当に申し訳ないと思っているんだ」

「嘘? あ、魔法のことですか」

「そう。魔法が使えないなんて、大嘘だからね。俺はずっと皆に嘘をついている」

「でも使えないのは禁止されているからで、嘘じゃない、です。器官不良も、嘘じゃない、ですし」

「そういうことじゃない、でしょ」

 サコットはまるでシキアの心を見透かすように、まっすぐに青い目で見つめてくる。

「不良者の人たちは俺を英雄のように言ってくれるよ、自分たちと同じ不良者で魔法も使えないのに騎士になって、不良者の希望だって。憧れているって、尊敬しているって、言ってくれる。俺は嘘をついているのにね。禁止されていることと、全く使えないことは、同じではない、そうだろ?」

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