第18話

(なにもできない、サコット様が苦しんでるのに、オレには、なにも)

 もし。魔法が使えたら。

 そんなこと、今まで何度だって思ってきた。父親の調子が悪くなるたび、森で魔物とであうたび、雇ってくれと頼んで断られるたび、騎士団の試験をうけることもできなかったとき……。

 無いものは無いのだから、嘆いたって何も変わらない。そう自分に言い聞かせてできることを頑張ろうと思いながら生きてきた。ヒアミックに出会って、こんな自分も役にたつことができるんだと教えてもらって夢のようなのに、それでもまだ持てない力を欲してしまうのか。

(情けない。こういうの、なんて言うんだっけ。そうだ、浅ましい、だ……)

 それでも思わずにいられない。苦しんいるサコットを助けられる自分でありたかった。目の前では理想の権化のようにヒアミックがサコットを抱き起している。

「立てるか」

「ん」

「歩くのはきついか」

「ん」

 ヒアミックはそのまま浮遊魔法でサコットを浮かせると、シキアを振り返る。

「このまま下の浜辺までいく。人に見られたくないから、人に見られそうになったらなんとかしてくれ」

 なんとかしてくれ、は難しい要望だが信頼してくれている証でもある。下まで降りる道はもともとひとけがないが、念のためシキアが先行して、もし人がいたらなんとかするして別の道に誘導するしかない。

 とりあえず、中庭には誰もいないので下に降りる道に入れないよう、近くにあった木箱を置いて持ち歩いている紙束で「立ち入り禁止」の張り紙をした。心もとないが、ないよりましだろう。これで後ろの心配は減ったので、あとは降り道で誰とも会わないことを祈るだけだ。

 中庭から浜辺までゆっくり歩いて五分ほどだろうか。先導するシキアの少しあとを、ヒアミックがサコットを浮かせてついてくる。このまま誰にも会いませんように、と強く願ったところで先に人影を見つけた。

「うー、道を変えてもらってきます!」

「たのむ」

 なぜ人に会ってはならないかは分からないが、ヒアミックがここまでするのに理由がないわけがない。知らなくてもいいのだ。シキアは人影まで駆けると、この先の道が崩れたから現在修復中で、他の道に行ってもらえないか、と何とか懇願する。人影は城の警備兵で、どうやら浜辺でサボっていたらしい。こっちも人に会いたくなかったようで、あっさり道を変えてくれた。そのあとは誰にも会わなかったのでほっと胸をなでおろしていると、ヒアミックが降りてくる。

「助かった」

「あ、はい、よかったです」

 サコットはまだ顔色が悪い。眼を閉じて小さく唸りながら、小刻みに身体を震わせている。

(オレにできること――なにか)

 役に立ちたい、憧れの人が苦しんでいるのに、何もできないなんて嫌だ、なにか、

「シキア、少し離れていろ」

「はい」

 どうやらもうできることはないらしい。でも、帰るように言われなかったので、この場にいていいのだろう。今できること、ヒアミックはこの状況を人に見られたくないと思っているみたいだから、とにかく人の気配に注意する。

 ヒアミックは浜辺にサコットを下ろし、ずっと項にかざしていた手をようやく離した。魔法力があればその気配で何の魔法か分かるらしいが、シキアは呪文の種類からしか分析ができない。サコットの項に手をあてヒアミックが唱えた呪文は知らないものだった。ヒアミックはサコットの背中に手をあて、柔らかく言った。

「結界を張る。安心して放て」

「でも、シキアが」

「私の弟子を信用できないのか?」

「――見せたくないんだよ」

「もう手遅れだ。早くしろ、時間は有限だ」

 なんのやり取りか分からないが自分の名前が出たことにはどきりとする。サコットはこの状況にシキアがいることが嫌なようだった。去った方がいいのだろうかと思ったが、ヒアミックからその指示がでない以上、とどまるしかない。せめてサコットが「見せたくない」というからには目をそらしていよう、そう思った時だった。

 浜辺に立ったサコットはまるで戦に挑むような声を張った。

「アイス!」

 それは氷の呪文だ。生活で使う、生鮮品を冷やし保存するための、小さな魔法。小さな……。シキアは目をそらしていた。けれど、あまりの寒さに思わずサコットを見てしまい、その眼前で海が凍っていくのを見た。海が凍るなんてありえない。アイスなんてせいぜい器の水を凍らす魔法で、でもこんなのはまるで戦闘魔法だ。そもそも、サコットは魔法器官不良者で魔法は使えないはずではなかったのか。

「寒いぞ、なんとかしろ」

「分かってるって。イグナイト!」

 それは火をつける魔法で、誰だって使える小さな火を起こすだけの――。

 目の前の凍った海が火事のような炎で焙られ、溶けていく。これはなんだろう。昔、魔物大襲来の時見た、騎士団の戦でもこんな火柱は見なかった。こんな火は魔物どころか森そのものを焼失させるだろう。まるで。

「まるで兵器魔法だな」

 いつのまにか隣に立っていたヒアミックがさも当然のように冷えた声でつぶやく。

 そうだ、これは兵器だ。戦闘を知らないとはいえ、書物はたくさん読んだ。過去の大陸対戦では破壊に特化した魔法が開発されて、けれどあまりに膨大な魔法力を必要とするので使い手は短い人生になる。あまりに人道的ではないので禁止され、いまでは呪文も残っていない、と読んだ。でも、これは、兵器魔法じゃない。だって、サコットは「アイス」と「イグナイト」しか唱えていないのだ。

 サコットはアイスとイグナイトを交互に唱えては海を凍らせ、溶かしている。それをぼんやり見つめながら、気の抜けたような声がでた。

「でも先生……」

「そうだ、これはただの生活魔法だな」

「そうは見えません」

「力を持つものは、懸命に出力を絞ってもコントロールできないものだ。例えば」

 ヒアミックは足元の砂をぎゅっと握って小さな玉を作り、シキアの手に乗せた。

「壊れないように私に戻せるか?」

 シキアは細心の注意を払って砂玉を持ったが、それはすぐに壊れてしまう。

「細心の注意で出力を絞っても、君のもともと持つ力が強すぎると限界があるだろう。アレはそれと同じだ。あいつの魔法力が強すぎるから、本来ささやかな氷や炎を呼ぶはずが、この規模に

なっている」

 分からない。いや、説明は分かった。とにかく、サコットの魔法力がおそろしく強いのだろう、ということは分かった。分からないのは

「サコット様は魔法器官不良者で魔法が使えないって」

「使えないな。王から使用を禁止されている。それと、出力を自分でコントロールできないから器官不良だ」

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