第14話

 研修は滞りなく期間を終了した。二週間ほどで何が身に付くのだと問われれば答えは難しいけれど、それでもシキアは「隊長になる」覚悟のようなものを身に着けたと思う。ヒアミックにその話をすれば満足そうに薄く笑った。綺麗な顔にうっすらと浮かぶ笑みは、存外こわい。

「では隊員の選定のち、研修をする。半年後には試験調査だ。今回は試験調査だから一般公募は行わない。ある程度はこちらで絞っておいたから十四人選んでくれ」

「オレが選ぶんですか」

「君の部下になるんだから当然だろう」

 部下。あまりに自分に不似合いの言葉に逃げ出したくなる。でも、だめだ。隊長になることはもう決まっているのだから目的を見失ってはいけない。ヒアミックの為、王様の為、ひいてはこの国の為。

「あの先生。オレは今まで先生の言う事を聞いておけばいいと思ってたんです。でも、これからはそれじゃ駄目だと思って。なぜ、瘴気の地を調査することが、この国の為になるんですか」

 瘴気が魔法力の濃縮されたものだということは聞いている。ただ、中毒を起こして近寄れもしない魔法力がどうすれば「国の為」のものになるのか、知らないのだ。ヒアミックは今は毒でしかないそれを、どう扱うつもりなのか、これまで疑問にもしてこなかった。だから今、知りたい。

 ヒアミックは軽く目を細めてどこか遠い目を下ように見えた。

「なんだ、サコットの入れ知恵か?」

「えっと、入れ知恵とかじゃなくて」

「ああ、影響か、だな。あいつの元に行かせたのは成果ではあるが思わぬ影響もあるな」

 それは喜んでいるのか、面倒がっているのか、シキアにはよくわからなかった。ヒアミックがこれまで語ってこなかったのはシキアに知らせる必要がないから、だ。それを聞き出そうとするのは、都合が良くないのかもしれない。ようやくそこに思い至って、慌てて首を横に振る。

「すみません、出すぎました」

「いや、いい傾向ではある。ただ、これは王との密談でね」

 ますます軽く聞くわけにはいかなくなった。ヒアミックにとって、王様はすべてに優先する。

「すみません」

「いや、王に許可を取ってから説明しよう。シキアには知っておく権利がある」

 なんだか大事になっている気がする。これまで通り言われたことだけしていた方が良かったのだあろうか。青ざめるシキアを珍しく気遣うように、ヒアミックが片目を閉じながら続けた。

「まあ、私も趣味の研究ばかりやっているわけではないということだ」

 つまり、しょっちゅう研究室にこもっている理由は瘴気の地と関係があるということだ。

(もしかして濃縮魔法力をうすめるとかできるようになったのかな)

 だとすれば大発明だが、本人がひょうひょうとしているので、そんな世紀の大発明ができているようにはみえない。それが天才の所以なのかもしれないが。

 そうだ研究室といえば、と言いかけて、シキアはふと我にかえる。そんな世紀の大発明がされているだろう研究室を少し貸してくれなんて、言ってはいけないのでは、と思った。が、ヒアミックは聞き流してくれない。

「なんだ、研究室がどうした」

「う、なんでも」

「研究室がどうした」

 鋭い目で見つめられて嘘も思いつかない。諦めて言おうとしていたことを馬鹿みたいに口にする。

「少しだけ、研究室の隅っこを貸してもらえませんか」

「別にわざわざ断らなくてもいつでも使えと言っているだろう」

 それはそうなのだが、今までも使ったことはあるが、それでも無断で使うなんて芸当は一生できそうにない。とりあえず許可は得たのでさっそくその日の夜から研究室にこもった。ヒアミックは何ができるのか?と興味津々で家に帰ってくれず、しかたなく全部しゃべることになってしまう。

「包帯を」

「包帯なら売っているだろう」

「その、軽い傷用に小さいの作れないかなと」

 傷には包帯を巻く。それはそうなのだが、小さな傷に大仰な包帯を巻くのは面倒なので、たいてい不良者たちは小さな傷は放置する。血を止めるために傷口を抑えて時間を待つ、それだけだ。軟膏は高価なのでなかなか買えないという者も多い。シキアは自分で採ってきた薬草を練って血止めとして使っている。傷をふさぐにも有効のようで、小さな傷跡は減った。それをサコットに渡そうかと思ったが、傷を隠しているひとが、塗ったら乾くまで時間のかかるシキアの傷薬を通常使いしてくれるとは思えない。乾くのを待たないで服を着るとなると包帯を巻くしかないので、なにか傷薬と包帯をくっつけたものができないか考えたのだ。

 傷薬を縫って、小さく切った包帯をのせる。問題はその包帯がかんたんにはずれてしまうことだ。なんとか傷薬の上にとどまってくれたらいいんだけど。

 様子を見ていたヒアミックが面白そうに言う。

「シキアは本当にいつも面白い発想をするな」

「魔法が使えない分、便利にしたいだけです」

「それを考え実行するものは少ない。王都の不良者らは不便を当然と受け入れているからな」

 シキアは病気がちの父と二人で生きてきたので、そういう考え方ができなかった。いつでも自分でなんとかするしか、良く生きる方法がなかったから。父の為にも、自分のためにも。

「わがままなんです」

「それがいい」

 喉の奥で笑うヒアミックはシキアの頭に手を乗せると、そのまま帰っていった。今日は研究室を貸し切りにしてくれるつもりらしい。先生の期待にこたえて早く思い通りのものを作りたい。研究室にはたくさんの薬草も道具もある。どれを使ってもいいと言われているから、遠慮なくシキアは試作に没頭した。

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