南の島とロボット

遠藤さや

南の島とロボット

ガタン、と大きくバスが揺れて、窓際に立てかけていた傘が倒れそうになる。あまり整備されていない道のようだったし、何かに乗り上げたのだろう。

車窓からは、沈んでいく太陽と、暗くなり始めた海が見える。先ほどまでいた頂上の景色と比べると見劣りするが、ここからの景色も充分美しい。バスは山道を下っていた。


「兄ちゃん、ネジ外れてないか?」先ほど車内が揺れたからだろう。前の席にいるシワの深い老人が私に声をかけてきた。

「ええ、大丈夫です」実際、こうやって乗り物に乗る前の日は、身体中のネジをしっかり締めるようにしている。

「バカンスにでも来たのかい?」

老人はこのまま世間話をしたいようだ。乗客は私と老人以外おらず多少話がはずんでも、迷惑にはならないだろう。

「いえ、出張できました」

私は発される声が相手にしっかり聞こえるように、スピーカーのボリュームを少し上げる。これでバスの音で、会話が聞こえないと言うことはないはずだ。


「にしても、こんな場所にロボットが来るなんて珍しいな」オリーブ色に塗装された私の姿がバスの窓に反射する。

私の体は、人の骨に最低限の肉付けをさせたような見た目になっている。

球と直線を用いたこの体は、どこかの国のデザイン賞で優秀賞を取ったそうだが、私にはその良さはイマイチわからない。

「やっぱり、ロボットは珍しいですか?」

私は恐る恐る尋ねる。

地方の方では、まだ反ロボット主義者がいると言う話もある。相手から話しかけてきたから大丈夫だとは思うが、探りをいれて自衛をしておくのに、越したことはない。

「かなり珍しいね。都会では『人よりロボットの方が多い』なんていうが、うちの島じゃ『人よりサトウキビの量が多い』だからな」ガハハ、と老人は豪快に笑う。

実際3日ほどこの島に滞在したが、ロボットは空港の窓口と、農作業用の小規模収穫機くらいにしかおらず、都会とのロボット密度の差を感じた。

「バスが自動運転じゃないのも、この島くらいだろ」老人が見つめる視線の先には、口笛を吹くバスの運転手がいた。ラジオの音にあわせているのだろうが、口笛が上手くなってない。

バスはいつの間にか山を降りおえ、町の方に向かって走っている。夕焼け前の海の景色が後ろに流れていく。多分時期にバス停に着くだろう。

私は降車ボタンを押した。

「ここの近くに止まってるのか」

「ええ、そこが1番宿泊費が安かったので」私がそう言うと、老人はまたガハハと豪快に笑った。


運賃を内蔵されたICチップで払い、少し潮風で錆びた黄色いバスから降りる。

空は夜に向けて準備をしているようで、八百屋のどのオレンジよりも水々しいオレンジ色になっていた。

周りがほんの少し暗いこともあって、道路沿いの街灯には灯りも付いている。内部時計で時間を調べると午後6時24分を指していた。

体内の地図アプリによれば、ここからホテルまで歩いて10分もかからないようだ。

幸い、雨が降るのは午後7時24分の予想だと体内の天気アプリも示している。

最近通知が来ないこともあり不安ではあるが、このアプリの精度に関しては信頼している。

「よし」私は少し気合を入れた後、ホテルへ向かう海沿いの道を手を揺らしながら進んだ。


海沿いの道を歩くと、頬に少しだけ潮風があたる。5日間も滞在したのだから体のどこかに錆の1つや2つ付いているかもしれない。少しずつ落ちていく太陽と共に、私の心も少しずつ沈んでいく。

ロボットの私にとって、南の島への出張は苦痛以外何ものでもなかった。

 人々が気持ちがいいと騒ぐ潮風や強い日差しは、全て私を劣化させる敵だ。

 防水や錆止めなんかがあれば、もう少し楽しめたのかもしれないが、生憎私を買ったご主人様、もとい社長は色々ケチったのでそんな機能はない。

 ただ今日でその出張も終わり、明日には飛行機で帰れる。社長は

「最後はファーストクラスで帰れるから」なんて言っていたが、あの無計画な社長のことだ、あまり期待しないほうがよさそうだ。


 社長にこの仕事を振られたのは、3日前の午後2時36分だった。

「この辺にあったはずなんだけどなあ」

 机に積まれた紙の資料の塔をガサゴソ探る社長を私は少し離れた場所で見守る。必要のない資料はさっさと捨ててしまえばいいのに。

 社長の机はいつも散らかっている。人の言葉で『机にはその人の性格がでる』なんて話があるが実際、計画性というものがなく、面白いと思ったことにすぐに飛びつき事業を拡大してきた社長の性格は、この机に出ているように思える。

「あ、あった」

積まれた資料の底から無理やり取ろうとして、塔が崩れそうになったのを寸前で支える。以前

「ペーパーレスにしてはどうか」と提案したこともあったが、紙の資料じゃないとアイデアが振ってこないらしい。

「新しくうちの会社でリゾート事業を展開することになったんだけど、よかったら出張行ってこない?」

手にはどこかのビーチで撮られた夕暮れの写真が一枚握られている。マジックアワーというのだろうか。暗い青と原色に近いオレンジが混じりあい独特の色を作っている。

とても美しい写真だった。

「リゾート事業なら、顧客は人でしょう?ならばロボットより人に任せた方が、いいものができるのではないでしょうか」

塔に資料を戻しながら、やんわりと出張を断る。社長の右腕、とまでは行かなくてもほどほどに重役をになっているロボットの私より、適任な人がいるのは社長もわかっているはずだ。

「最近のロボットは感情もある程度はあるんでしょ?そしたら人と変わんないよ」社長は自信満々に言う。

独自の理論を使い私を丸め込むときは、曲げたくない希望がある時だ。しかし、私にもやらないといけない仕事はある。

「すいませんが、私はそんな機能持ち合わせておりません」

「ウッソだー。そこらへんの機能はケチった覚えないよ」

 社長は予定や資料の場所はよく忘れるのに、ここら辺のことは決して忘れない。

 社長は私の前まで歩いて来ると、手に持っていた写真を私の手にグッと握らせてきた。

「そんなゴタゴタ言わずに行ってきなよ。

社長は急に声を小さくして、私の収音マイクに呟く。

「あなただからわかることもあるって」

ニヤっと笑う社長には何か裏がありそうな気もしたが、読み取るとはできない。

 事業を拡大させる金があるなら、もっと高性能なパーツの1つや2つ体につけさせて欲しい。なんて思いはするものの、最終的にはいつもこの社長に押し切られてしまう。

 旅行鞄を新調しないといけないな、なんて俗なことを考えながら私は社長の命令を聞き入れることにした。


社長はこの島がどんなところか、今一度客観的な感想が欲しいと言っていた。

なので、帰ってきた後にレポートやプレゼンをしようと思い提案したが、社長は

「そういうのじゃなくて、楽しんでこればいいから」と言って、特に指示がないまま出発の日になった。

旅行中もやるかはわからないが、後でのプレゼン用に、内蔵されているカメラでなるべく多くの写真を撮ってはいた。だけど、これが社長の言っていた楽しむなのか、いまいち分からずモヤモヤしているうちに、今日の最終日となった。


考え事の最中でも足はしっかりと海沿いの道を進んでいく。ホテルまではもう後3分もかからない。内部時計は午後6時32分になり、日もかなり陰ってきた。

右手に広がるビーチでは、数組の家族連れが浜辺に座り、海に沈む夕日を楽しんでいる。

「一応撮っておくか」ほとんど無意識に、内蔵カメラを起動する。

真っ白だったビーチは、日が沈むごとに少しずつ灰色になる。太陽はさっきよりもっと赤いオレンジになり、紫から暗い青へのとろけるようなグラデーションができていた。

社長が来る前に見せてきたあの写真のようだった。

雲があり少々見劣りするものの、あの写真とよく似た、とても美しい風景が目の前に広がっている。


ブワッと少し冷たくなった潮風が吹く。

そうだ、ここは南国の島で、私とは程遠い場所だ。


この島に来た日は快晴だった。私は太陽の光が体を傷めないように、傘を差していた。

こんな暑い場所に了承したとはいえ、どうしてきたのか。

こんなにも暑いなら、オーバーヒートする前にいっそのこと海に飛び込んでしまいたい。

そんなことを考えながら、この道を歩いていると、このビーチにいる1組の家族が見えた。

お父さんと子供たちが浮き輪で浮かんでいて、パラソルの下ではお母さんが笑っていた。

しばらくして、子供たちがお母さんを呼び

「肌が焼けちゃうわ」なんて言いながらもお母さんは青く美しい海に向かった。

ここがリゾート地であることをより、強固に感じた。

くすんだオリーブ色を身に纏い、傘を刺していた私は、多分今日のバスの車内のように浮いていたと思う。

楽しいリゾート地に、仕事とはいえ来ている自分が少しだけアホらしかった。


私はその家族のように海には入れない。それは心情的な意味ではなく、機能的に無理だということだ。防水でも防錆でもない私は、多分あっという間に壊れてしまう。

このことが、悲しいとか悔しいとかの感情はない。

ただ、美しいと言われる海の中に入ることができない、という事実が私をよりロボットにさせている、そんな気がするだけだ。


「雨?」どこからか聞こえた小さな声とほぼ同時に、私の肩に雨粒が当たる。

小さかった声は次第に共鳴していき、それと共に夕日が雲に隠れる。

慌てて体内のアプリを確認すると、後15秒もしないうちに雨が一気に降り始めるらしい。通知が来ないのもわかっていたのだから、こまめに見ておくべきだった。

とりあえずと、傘を差そうとして手持ちに傘がないことに気がつく。最後に見たのは確か、バスの中だ。その後私は何も持たずにバスを降りた。

置いてきたとしたらそこしかない。

忘れ物がないかバスを降りる前に見る、なんて子供でもやっていることなのに今日に限って忘れてしまった。

雨の強さと共に、自分の情けなさがより一層大きくなってくる。


ただ、後悔している時間もあまりない。このままではかなり濡れてしまうだろう。

夕日を見ていた家族達がこちらに来る間にも、雨粒は少しずつ大きくなる。

多少の雨なら大丈夫だが、あまり濡れすぎると故障してしまう。

私もこの雨を避けなければ。あまりぼんやりしている場合ではない。

雨はこの後もう少し強くなるらしい。このままホテルへ行ってもいいが、そこまで歩くまでにより濡れてしまうだろう。


ここまで考えている間にも、雨が体に当たり体が濡れていく。

悩んでぐだぐだするくらいなら、さっさと近くの店で雨宿りをしよう。

ビーチの向かい側には、道路を挟んでいくつか店があった。とりあえず、1番近くの店の軒下にまで行こう。

私は車を避けながら、道路を横切る。途中、大きな水たまりに一度足を入れてしまったが、どうにか近くの店の軒下に入ることができた。


私は店の入り口のガラス扉に目をやる。どうやら店の名前が扉に刻印されているようだ。

レストラン トロピカル

トロピカルな青とオレンジで書かれたその店名は、何年か経っているのだろう、文字が少しはげていた。

聞いたことない店だ。地元のお店だろうか。

雨は当分止まないだろう。軒下で雨がある程度防げているが、全て防げている訳ではない。店の中に入る方が賢明だろう。

地元のお店ならこの島のロボット密度を考えるに、ロボット向けの食事は用意されていないと思う。

しかし、それならチップか何かを払って、店内にいさせて貰えばいいし、それもダメなら違う店に行ける。

雨がこれ以上強くなる前に、中で休ませてもらおう。

私は重いガラス扉に手をかけた。

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南の島とロボット 遠藤さや @endou117

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