トリは嫌だからね【KAC2024 お題:トリあえず】

夕目 ぐれ

トリは嫌だからね

* * *


「あいつはいっつもそうだい! べらぼうな奴でさぉ──」


 昼休み、教室で友達とお昼ご飯を食べいる時に聞こえてくる声。そのハキハキとした変わった口調は俗に言う江戸っ子言葉というものだろうか。


「それでさ、さっきコンビニで買った新作のデザートが美味しそうで──」


 そんな現代に似合わない江戸っ子言葉に紛れて友達の何の変哲もない話を聞く。


 最初は教室中、このヘンテコな話し言葉や口調に騒ついたものだけど、今になってはこれが日常になってしまっている。


「いいわけこわけすんな! お前はそんなことだから──」


 友達の話なんて聞こえない。


 その声は女性の声で、男臭い話口調で歌うように言葉を紡ぐ。感情の音が荒波のように引いては寄って来て、私はその話にさらわれてしまう。


空音からね、聞いてる?」


「え!? うん、聞いてるって」


 不意に友達が私に話しかけて来て、当たり障りのない返答をする。


「ねぇ、これって落語かな?」


 校内放送が終わり友達の話も一頻ひとしきり盛り上がりを終えて、私は閑話休題にそんな話題を振る。


「さぁ? でも落語っぽいよね」


「うん。私日曜の夕方にやってるのしか観たことないや」


 一瞬何のことか逡巡しゅんじゅんを見せた友達は思い思いにそう話す。


「あれって落語なの?」


 そんな友達の話に、私も何も知らないからきっと的外れなことを言っているのだろう。


「最初はびっくりしたけど、話し方も高圧的で怖いと思ったし。うち、落語の部活とかあった?」


「さぁ? てか、会ったとしても部員とかいるの?」


「居るじゃん、一人。いつも同じ人でしょ」


 そう言って友達は笑い声を上げる。それをぼんやりと眺めながら、私はその落語っぽい話を思い返す。


 正直、話の内容はよく分からない。それは所々分からない言葉が混じっているから。


「何の話してるんだろう……」


「さぁ? でも落語って面白い話なんでしょ。どうせ、昔のお笑いみたいな話でしょ」


 私の呟き声に友達がそう告げた。そして、私の出した話題は終わったとばかりにまた違う話が始まる。


(面白い話……。私はそうは思わなかったな)


 私はその話を聞いて、可哀想な話だと感じた。友達の言う通り声の口調も話し方も漫才師のような人を楽しませるようなものだから、私も最初はそう思っていた。


 でも、何か引っ掛かるものがある。その違和感をはっきりしたくて、私は明日からその話をよく聞こうと考えた。


* * *


 ここ一週間、友達との会話を聞き流しながら校内放送を聴き続けた。

 スマホに聞き慣れない言葉をメモしては後で調べて、私なりにその話の内容をまとめてみた。


 そして気づいたことは毎日ほぼ同じ内容の話をしていること。所々言葉を変えていることから、収録したようなものではなくちゃんと話しているということ。


 そして、話の内容は概ねこうだ。



 ある所に二人の兄妹がいた。兄は真面目で毎日机にかじり付いて勉強をするような真面目な人だったという。

 ある時そんな兄を馬鹿にする人が現れた。妹はその言葉に怒ったのだが、兄は気にしなかった。それどころか、兄を馬鹿にする人が後を絶たなかった。

 妹は少し経って知った。兄は今で言う弄られキャラのような立ち位置で、みんなから気に入られていたのだと。

 だからみんなはこう言う。私たちは兄のことを好きなんだと。

 でも妹はそんな人たちを否定する。兄はそんな馬鹿にするような言葉を貰う人ではないと。

 そして話のオチはそんな兄を結局は妹自身も馬鹿だとののしり、兄はそんな妹に笑うのだった。


* * *


 友達との昼休みの時間。私は机を引っ付けて各々が持ち寄った昼食を並べる。

 そして聞こえてくるいつもの校内放送。それは週に二回くらいの頻度で、毎日同じ人が似た内容を話す。


 果たしてそんなことに気付いている人は私以外にいるのだろうか。


 どうしてこの人はこんなことを続けているのだろうか。その目的は何だろう。ただの練習だとしたら、毎回同じ内容の話をするのはおかしい。


 私はもう話よりも、その話をする人が気になって仕方がない。


「こんにちは、放送部の○○です」


 その人の放送は終わり、放送部のいつもの朗読が始まる。打って変わったような平坦で綺麗な声がうっすらと耳に入る。


「それでは、本日の放送はここまでです。放送部へのお便りなどもお受けしていますので、朗読して欲しいものなどありましたらお気軽に送ってください。お便りは放送室前の──」


「──それだ!」


 不意に降って来たその声に、私は思わず立ち上がってしまう。


「ど、どうした……空音?」


* * *


「えー、今回は質問にお答えしようと思います。匿名ネーム、かもめさんからです。

 定期的に落語のようなことをしている方のことが知りたいとのことです。

 実は私たち放送部も彼女のことはあまり知らないので、この幾つものお便りは彼女に渡したので、もしかしてたら次の放送で答えてくれるかもしれません。かもめさんはあまり期待はせずに待ってて下さいね」


 何ヶ月か経ってそんな放送部の声が私の耳に届く。私はそのあまり期待が出来ない報せに思わず項垂うなだれてしまう。


「……空音、最近様子おかしくない? どうした?」


 友達のそんな冷ややかな目線を受けて、私はつい溜まり溜まった鬱憤うっぷんを晴らすように本音が口に出てしまう。


「……私、あの落語みたいな話してる人のことが気になるの」


 そんな私の言葉に友達たちは目をぱちくりとしばたかせた。


「……え!? 恋か……?」


「え!? そうなの!」


「違うよ……」


 そんな的外れな反応を見せる友達に今度は私が冷ややかな目線を向ける。


「この人のことが知りたいだけだから!」


「いや、もう恋じゃん……」


「なんか、私もそうとしか聞こえなくなってきたじゃん!」


 友達が私の話を真面目に受け取ってくれない。


「この恋愛脳共め……」


 友達は当の本人の私を除いて勝手に盛り上がり始める。やれ、他のクラスに聞き回るかとか言い出す始末だ。


「……まぁ、いいか」


 私を無視して計画を立て始めた友達を眺めながら、私は諦めたように呟く。こんなミーハーな友達だけど、こういう勢いは案外大事なことなのかもしれない。


* * *


「空音〜、こんなことってあるの?」


「本当だよね。もう、疲れた」


 私の机の前で項垂れ文句を言う友達。あれから私は同学年どころか上級生や下級生のクラスにも聞きに行った。

 今思えば恐ろしいほどの行動力を発揮した私たちだけど、結果はこうだった。


「本当に誰なんだろう……」


 私はそんな疲れ切った二人を眺めながら、まだ諦めきれていない声を漏らしてしまう。でも流石にこれ以上二人を巻き込むのは申し訳ない。


「ありがとう。やっぱり私──」


 もう諦めると言いかけた時、「かもめさんはいますか?」という声が聞こえて思わず教室の入り口に目を向ける。


 それは上級生を表す青のスカーフの色を携えた女生徒の姿があった。


「これ、私の友達からかもめさんにって」


 駆け寄った私にそう告げて、その人は手紙を渡して立ち去ろうと背を向ける。


「あの! 貴方ですか?」


 思わず私はその背中に問い掛ける。


「私は違うよ」


 その人はそう振り返って答えると直ぐに歩き去ってしまった。その背中が消えるまで見送って、私は手に持った手紙に視線を落とす。


「なんか、ドラマみたいじゃない?」


「ねぇ! 頑張ったかいがあったもんだ」


 そう私の横で友達が呟くも私は手紙の内容が気になって開けてみる。

 それはノートの切れ端を雑に千切って折り畳んだような質素なもので、そこには私が放送部に出したお便りの返答が箇条書きされていた。


 この手紙の主が言うには、放送で話しているのは落語ではなく創作なことと。

 なんでこんなことをしているのかという返答として、わたしはわたしの話を誰かに聞いて欲しいから、という答えがあった。


 その余りにも空白が目立つ紙のたった二行の筆跡を茫然と眺める。シャーペンで書かれた細く形の整った文字は、私に真面目そうな印象と変わらない謎だけを残した。


* * *


「私の話……」


 昼休み。また今日も変わらず校内放送は陽気な話し声を垂れ流している。


「ふーん、確かに気になるなぁ」


「多分、男っぽい人だと見たね、私は」


 友達もこの放送が流れると話を止めて聞くようになった。そのお陰で私もこの話を集中して聞くことが出来た。


「空音、この話ってどんな内容なの?」


 友達にそう尋ねられて私は答える。


「へぇー、なんか落語っぽい話だよね。落語何も知らんけど」


「でも落語じゃないんでしょ? 益々不思議だなぁ」


 思い思いに感想を告げた友達を尻目に、私は手紙の内容を思い出す。


(……私の話を聞いて欲しい)


「この人はお兄ちゃんが居て、その人がみんなから馬鹿にされているのが気に食わなかったって話、だよね」


 私は今さっき自分で話した内容をもう一度口にする。友達もそれを肯定するように首を縦に振って、不思議そうに私を見る。


「なにか気になることでもあるの?」


「……うん。この内容の話を聞いて欲しくてその人が毎回話すのって何かおかしい」


 正直に言うとありふれた話のように思える。わたしはわたしの話を誰かに聞いて欲しい、という文字にはこんなお気楽な感じに思えなかった。

 この人はそんな他愛のない話を校内放送までして誰かに聞いて欲しかったのだろうか。私はもっと暗い何かを感じてしまう。誰かに伝えたいという思いは、少なくともこんな軽いものではないはずだと思うから。


「じゃあ、こうじゃない? この人は兄貴と喧嘩をしてしまって仲直りがしたいんだ。だからその兄貴に伝えたくてこんなことをしている! どうだ!」


「……その兄貴は留年でもしてるの?」


 友達のドヤ顔での主張はもう一人の真っ当な意見で退けられた。でも、私はそんな感じの何かがあると思う。


「私、この手紙を渡しに来てくれた人に聞いてみるよ。それが一番手っ取り早いと思うし」


「うん、確かにね。行ってこい、空音」


「行け、行けー!」


 そう軽い調子の友達に背中を押されて、私は上級生の教室へと向かった。


* * *


 上級生のクラスへと向かう道すがら、見知った顔を捉えた。それはこの前私に手紙を渡しに来てくれた人で、私は直ぐに声を掛けた。


「あの、すみません!」


「え!? あ、かもめさん?」


 少し警戒したような雰囲気で私の顔を見る先輩。私は突然すみません、と一度頭を下げて早速本題を話す。


「先輩の友達のこと、詳しく教えて欲しいんです。何であの話を校内放送でしてるのか、気になって……」


「……なんで貴方はそんなに気になるの? 正直、私の学年も誰もあの話を聞いてないよ」


「放送を聞いた時、何か悲しそうだと思ったんです。私は正直、何か助けて欲しいみたいな感じに捉えたというか……」


 その私の言葉を受けて、先輩は困ったように眉をひそめた。そしてその困った表情のまま、申し訳なさそうに声を出す。


「ごめんね。私もこの話をなんでしてるのか理由は知らないの」


「じゃあ、その人が誰か教えてください」


 私はそのまま話を終わらそうとするような雰囲気に呑まれずに食い下がる。


「ごめん。その友達には絶対に教えないでって言われたから」


「何でですか?」


「……巻き込みたくないからって言ってた」


「どういうことですか?」


 その何とも割に合わない答えに私は納得が出来なかった。でも先輩はそれ以上は何も言わない。ただ無言の時間が続いてしまって、私はそれ以上耐えられなくなってこう先輩に告げる。


「私からの手紙、その人に渡すことは可能ですか?」


 私の問い掛けに先輩は少し考えるように目を伏せて、直ぐに私を見つめ返した。


「うん。それは大丈夫だと思う」


 私はその先輩の言葉を信じて、もう一度頭を下げて教室に戻る。


* * *


 私の直感は正しいと思う。きっとこの人の話は笑い話でも人情話でもない。きっと悲話だ。


(この人はこの話を誰かに聞かせたかった。それはきっと私のような不特定の誰かじゃない)


 この話は兄をメインに進んでいた。だからこの話をその視点で見るときっと笑い話になるのだろう。

 でも妹はどうだろうか。兄を馬鹿にされて妹は怒っていた。この話をしている人は女性だから、この話は妹視点で見るべきものだ。


(兄はみんなから良い意味で弄られ愛されていた。でも、妹はそうは見えなくて反発した……)


 その時、私の中で何かが繋がった気がした。


 学校の校内放送で同じ内容を何度も話す。落語のような話し方で落語ではないと言う。私を巻き込みたくないから会わないと言う。


『──話し方も高圧的で怖いと思ったし』


 確かに友達の言う通り、江戸っ子言葉は喧嘩腰のように感じるかもしれない。でもそれ以上に、落語の言葉なんて女子高生に正しく伝わるだろうか──。


「……もしかして」


 私の中である仮説が出来た。それは大部分が想像で補ってしまったものだけど、仕方がない。

 現実はミステリーのように都合良くヒントが散りばめられているものではないから。だからこれは私の勝手な妄想のようなもの。


 私は手元にあるノートをちぎり取ってシャーペンを走らせる。


 この話は私の想像通りだとすると、やっぱり悲話だ。とても現実的でやるせない悲しい話だ。それでも私はこの人に伝えたい。


 私は貴方の味方になれると。この話がこのまま終わるのなんて、それこそ現実的ではないから。


* * *


 私の手元には一つの紙がある。それは私が先輩を通して渡した手紙の返答で、私はそれに目を通す。


「空音、どうしたの?」


「え? 何が?」


「なんか満足した顔をしてるから」


「ほんと、満ち足りた顔してる」


 友達がそう私の顔を見てにんまりと笑う。


「そう言えば、今日の放送どうだった?」


 私の問い掛けに友達はお互いの目を向け合って困った顔をする。


「うーん、なんて言ったらいいのか分からんよ」


「私はスッキリしたかな。今時あんなの駄目だよ」


「うん。どっちも正しいよ」


 二人の飾らない答えに私は力強く答える。


 手紙にはこう書いてあった。私に勇気をくれてありがとう。これで、天国にいる兄も報われる。


* * *


 三年の先輩の卒業式を在校生として見送って、私は教室に置いた忘れ物を手に取る。

 その時、不意に放送を届ける黒板の上のスピーカーからジジジと不気味な音を鳴らした。


「ありがとう、かもめさん」


 そう柔らかな声色の短い言葉を発して、スピーカーは黙り込んでしまった。


 私はそのスピーカーを見上げて小さく笑みを浮かべる。


「……どういたしまして」


 そう届くはずのない言葉を返す。すると教室の扉が開いて友達が姿を見せた。


「空音〜、今日もバイト?」


「今日はわたしたち一日遊びたい気分」


「いいよ。バイト辞めたし」


「うそ!? 空音、バイトリーダーだったでしょ?」


主任とりは嫌だからね」


「とり?」


 そう首を傾げる二人に私は笑う。


「何でもない!」


「どこ行く?」


「取り敢えず、──」

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