第21話:学園での一幕

 俺が学園に入学してから半月が過ぎた。

 やはり学園は慌ただしく、毎日が足早に過ぎ去っていくが……本筋に関わるつもりのない俺は主人公であるリィンとのイベントを避けながらも平和に生きていた。


 原作自体もちょうど始まる頃だし……今頃きっと同じクラスの王太子や教皇と出会ってこの世界の大筋が定まるんだろうなぁとそんな事を思う――まぁ、俺としては本当に関わるつもりないし、かなりの主要の魔物を倒した後だし……これから先はシズクを支えながら生きるだけ。


「これが平和か……いいな」


 そんな事をぼやきながらももう関わることのない主人公達の事は置いておき、俺の話でもしようか。


 慣れなかった寮生活にも慣れ始め、シズクの世話をする毎日。今まで通りのルーティーンを繰り返しながらも、元からの友人である滄波と新しく出会ったレオル先輩とかと交友を深め――それだけじゃなくて数人ほど関わる奴も増えていった。


「……交流会、どうすればいいんだ?」


 新たに親しくなったアステール国の貴族であり、上級クラスに所属する灰色の髪をした眼が死んでいる友人グレイ・ライザーがそう言った。

 今回の男子で集まった理由は、四月終わりから始まる連休に行われる親睦会のこと。今まで学園に入るまでだったらただの連休だったらしいが、学園に入ってからのこの期間は自分の主となる女性を探すための最初の交流期間であるらしいのだ。


「僕は……もう諦めてるよね、だってあのメンツだよ? 逆に従者になりたい女子であふれるってどういうことさ」

 

 同意するように言ったのは、ロイド・ラッセルという緑髪した未だ幼さを残す翡翠の瞳の青年だ。そんな二人は絶望しながら項垂れて、心底重いため息を吐いている。


「王太子様と教皇様それに――そこの二人」


 そうして視線を向けてきて、視線の先にいた俺と滄波は互いに顔を見合わせた後で苦笑いを浮かべた。


「僕は従者とか作るつもりないよ?」

「俺は元々従者だし交流会とかはなぁ……」

「これだから贅沢者は……入学時から既に従者になってるってずるくない?」


 この開かれる交流会というのは軽く誘って茶会のようなものを開く……というのは駄目で、招待する女性の格に合わせた相応のものを開かなきゃいけないという暗黙のルールがある。


 そして何がやばいかって言えば、この交流会を開かなかった時のでデメリットが半端ないことだ。まず開かなかったら逃げた奴というレッテルを貼られ、男達が情報を共有するように女性特有のネットワークでひたすら早く情報が広がる。

 あの男、お茶会開けないらしいよーとか……それをなす財力がないとか、甲斐がないとか……そんな陰口が言われるようなシビアな学園なのだここは。


「なぁカグラお前のお茶会に相乗りさせてくれないか? シズク様は他の女子と違うだろ?」

 

 この世界の一般的な女性は従者を作るのが基本で、玉の輿を狙うときに限って王太子や教皇などの従者になるのを目指している。全員がそうだとは言わないが、そういう基本設定なのでこれは仕方ない部分……なんだが、やっぱり転生者視点そこはつらいと思う。


「却下……というか逆に聞くが、お前等メンタル持つか? 一応予定してるの滄波と鏡月とシズクを交えたお茶会だぞ? 気にしないで入れるなら良いが、きついだろ」

「僕としては構わないんだけどね? ……二人は仲いいし、だけど……耐えれる?」

「だよねぇ……僕もそれは考えたよ。でもね、普段関わる分にはいいけど流石に君ら四人のお茶会に参加した後が怖いよ。グレイ、考えてもみなよ? それに参加できるって事は次のハードルが上がるんだよ?」 


 ロイドの言葉でその可能性の気づいたのか、今の言葉を取り消すと言って口をつぐんでしまった。女性達は傲慢って訳じゃないけど、この世界の彼女らにとって男子達は全員従者候補であり、やっぱり自分に全部を捧げて仕えてくれる存在に憧れてる。


 だからこそもてなされるのが当たり前だし、何よりやっぱりそれが丁寧なほど嬉しいらしい。そういう女性が多いからこそ、平民で価値観の違うリィンというキャラが攻略対象からモテたって背景があるとは思う。


「というか交流会に関しては俺もハードル高いからな? ……俺は英雄ってことになってるだろ? あと入学式のあれもあるし、誘いがエグいんだ」


 地位がそれなりにあるせいで俺の従者になりたいという女性も割といて、俺としては作るつもりはないのに……誘われることが多いのだ。

 しかも闇という魔法の性質から悪意などに敏感な俺は、彼女らの色々な思惑を感じるので結構きついし。

 

「……あぁー、そういえばそうだね。それがきっかけだもんね、僕らが出会ったのって。滄波様に慰められてたときに偶然見つけて……交流が深まった感じだから」

「本来なら上級クラスの俺等じゃ関われないしな。入学式であんな離れ業を魅せた英雄様が一番話しやすいってどう想像したら起こるんだよって思うしな」

 

 俺としてはそんな事を気にせず接してほしいのだが、これでも最初よりは態度が軽くなったので何も言えない。この世界はやっぱり階級というのは重要で、どうしても家の格による魔法の希少性などがかなり重要になってくるから。


「まぁなんだ俺も少しは援助するから頑張れよ二人とも」

「ありがとうな、カグラ……」

「ほんと、いつもありがとうね。魔法とかも見てくれるし頭が上がらないよ」


 そんなやりとりを交わしながらも俺が彼らを慰めていると、廊下を歩く集団が目に付いた。その集団の中心にいるのは、ヨハン・アステール殿下。この学園での圧倒的な勝ち組であり、その隣には聖都と呼ばれる国の次代教皇であるアンリ・ドゥ・オブリがいる。記憶が確かなら、あの二人は昔馴染みでありかなり仲が良いという噂。


「噂をすればなんだけど……やっぱり、もう駄目かも」

 

 二人の攻略対象を見て余計に項垂れるロイド。

 同意するかのようにグレイが頷いているし、本当に大変そうだ。

 彼らの周りには、男爵家や伯爵家や辺境伯家出身の男子たちがいて取り巻きを気取っている。そこに集まる女子達は皆が眼にハートでも浮かべたような顔をしており、彼らのお茶会に招待されたいためかアピールを頑張っている。


「いいなぁ……ほんと今年はハードルが高いよ」

「比べられるからなぁ、羨ましいぜ本当に」

「大変そうだよねぇあの二人」

「……そういや滄波はどうしてるんだ?」

「完全無視、だって興味ないもん――それに僕の婚約者君に取られちゃったしー?」

「やめろって……って誰かくるぞ?」


 そんな教皇と王太子の事を見て各々感想を浮かべていると答えにくいものが来たので、強引に話題を変えることにした。話題を変えるはちょうど良い人物がやってきたので感謝しながらも、俺はやってきた人物に視線を向けた。


 紅いドレスを纏ったそれ以上に燃えるような紅髪の女性。

 力強い紅の瞳ははっきりとした意思を持っていて、他の女性とはそれだけで違う雰囲気を漂わせている。完全にオーラが違くて、シズクとは別系統で圧倒的な何かを持っているのだと感じさせてくる。


「あーレグルス家の。えっと公爵家のお姫様だね」

「セリナ様か……すっげぇ美人だよな。いいよなぁ殿下はあんな婚約者がいて」


 そんな感想を浮かべる二人を見ながら、あれが王太子ルートの悪役令嬢かぁとかいう感想を浮かべていると、彼女は周囲を威圧するかのように鋭い視線を周りに向け始めた。そしてさっきまで殿下を誘っていた女性達はそれだけ黙りこむ。


「殿下……少々遊び過ぎです。それに今日は私との約束があったはずですよね」

「セリナ、なぜ周りを威圧する?」

「――質問に答えてください」

「今から向かうつもりだった。それにまだ約束の時間には早いだろう」

「では今から向かいましょう」

「まぁまぁ、私が誘ったのが悪いんです。申し訳ありませんセリナ様」

「……アンリ様もレイカが探しておりましたよ」


 ピリピリとした空気が流れる中、俺達はそれを見守るだけ。

 あれに入る勇気などないしもとより関係がない。この中庭に届くほどの声でのそのやりとりに辟易しながらも事の顛末を眺めていると……見慣れぬ女子生徒がその集団に近づいていった。


「……む、どうしたんだルナ?」

「あ、殿下に教皇様――えっと、貴方達に会いたくて」

「そうか俺も会えてうれしいぞ」

「私もですよルナさん」

「……えへへ、嬉しいです」

「そうだよければルナ、君も僕らのお茶会に来ないかい?」

「え、私なんかが……良いんですか?」

  

 セリナが現れたときと違って露骨に喜ぶ攻略対象二人組。明らかにぴりついた空気に胃が痛くなってくる。


 ……誰だろうあれは? 美女と言うより可愛らしいという印象を抱かせるような、金髪碧眼のそんな女子生徒。


 主人公であるリィンに似てはいるが、その容姿に全くの心当たりはなく……この世界基準で言えばただのモブだろうその女性。でもどうしてだろうか? 初めて見るはずなのに、すっげぇムカつくし……彼女の本心が全く分からない。

 

 悪感情とかじゃないが、一切中身が理解できなくて……それだけだったらいいものの、分厚すぎる仮面をかぶってる感じがする。


「どうしたんだいカグラ?」

「いや……なんでもない……はず」


 滄波に心配されたが自分でも初めての感情に混乱する。

 なんというか本能から彼女を拒絶しているのだ。嫌いというわけではなく……なんか慣れない――それどころか、違和感が凄くて彼女の言葉を少ししか聞いてないのに意味が分からない気味の悪さが……。

 見ていてイライラするし、憎しみの感情などはないはずなのになんかすごくやだ。しかもそれだけじゃなくて、明確にあれが本心じゃないとそんな事を思った。


「なぁ、誰なんだあれ?」

「……男爵家の娘だった筈だよ。あんなに殿下達と親しいなんて知らなかったけど」

「見てて胃が痛いんだが……なぁ滄波様離れていいよなこれ」

「止めた方が良い終わるまで動かない方が得策かな? ……それにあの子」


 言葉を切る友人。何を思ってるか分からないが付き合いからよくないということは分かる。嵐が去るのを待つように、それからの会話に耳を傾けながら俺達は時間が過ぎるのを待った。

 最後に軽い言い争いになった末にセリナが去って行き、その場には攻略対象とその取り巻き……そしてルナと呼ばれた見知らぬ少女だけが残った。


「すまない、俺の婚約者が不快な思いをさせた」

「いいえ、気にしてないです。それより私のせいで……二人が喧嘩するのが嫌です」

「そうか? なら今度謝りに行こう」


 やべぇ、会話とか思ってしまうが……それも仕方ない事だろう。

 というか、今の出来事に既視感があるのだが……これって原作の一シーンだよな?

 

「何が起こってるんだ?」

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