(4)

「ねえベリル」

「はい?」

「甘いお菓子、ふかふかのお布団、着心地の良い寝間着に安眠効果のあるアロマやお香や飲み物食べ物……他に、蒼玉様の疲れを取れるような方法って何かあると思う?」

 貴方の力になりたい、手伝いたい。そんな話をした翌日に、蒼玉様からの手紙を菫青から手渡された。疲れているのに眠れない事があるから、自分の代わりに眠れる方法を探してほしいと頼まれたのだ。だから、持てる限りの知識を使って帝国の図書館にも入り浸って、ありとあらゆる方法を調べてお伝えした。そこそこ効果がある方法もあったが、そうでもない方法も勿論あり……ばっちり改善した、という状況までいっていないのが現状である。

「夜になっても部屋が明るすぎると寝付けなくなる、とは聞いた事がありますね」

「なるほどね。なら、夕飯の後からは明かりを減らして頂くようにしましょう。後は?」

「後は……寝床が冷えていても良くないとは」

「冷えて……大分温かいと思っていたけれど、私は寒い地域で育っているから感覚が違うのかもだし、検討の余地ありね。もこもこのシーツでも敷くかしら」

「いっそ、マリガーネット様が布団の中に入って温めて差し上げては?」

「……へっ?」

「人肌くらいの温度が丁度良いと聞きますから、丁度良い塩梅になると思いますよ? 抱き枕にも安眠効果はあると聞きますし」

「何を言うのよ!」

 斜め上の提案に動揺して、悲鳴に近い声で叫んだ。何て事を言うのだ。

「別に、夫が妻を安眠枕にするのは変な事ではないでしょう」

「それは、理屈ではそうかも、しれないけど……」

 蒼玉様と私の接触と言えば手を繋いだくらい……いや、一回だけ額に口付けられた事はあるが、それ以上の事は特に何もない。婚礼の日の夜だって、挨拶には来て下さったが疲れているだろうからと気遣われ話しただけで終わったのだ。そんな状況で、いきなり同衾なんてお互いに緊張し通しで逆に寝不足が加速する気がする。

「まぁ案の一つとしてお考え下さい。夫婦だからこそ出来る方法もあるという事で」

「……選択肢の一つとして頭の片隅には入れておくわ。出来る気はしないけど」

「距離感間違えて変に拗らせても問題でしょうし、それで良いと思いますよ」

「ひとまずは夜の明かりを減らしてもらって、靴下でもお渡しするかしら」

「そうですね。今からならば時間ありますし、城下町に見繕いに行きますか?」

「行きましょう。蒼玉様に許可貰ってきて貰える?」

「かしこまりました」

 そう返事したベリルを見送り、外出の準備をする。その後、戻ってきたベリルと蒼玉様が付けて下さった警護兵二人を伴い、城下町へと繰り出した。


  ***


(……既に薄暗い?)

 無事に靴下もゲットしたので、意気揚々と蒼玉様の元を訪ねたのだけれども。予想に反して、お部屋の中は既に薄暗く調整されていた。暫くして目が慣れてきたので、ぐるりと中を見回してみる。

「……あ」

 蒼玉様は部屋の中央辺り、人が並んで五人は座れそうなくらい大きな椅子の上にいらっしゃった。足を組んで、椅子の上で仰向けに眠っている。仮眠のつもりなのかもしれないが、起きた時に体が痛くなってしまわないだろうか。

(せめて枕か何かくらい……)

 寝台の上から枕を持ってこようかと思ったが、大きいので椅子からはみ出してしまうだろう。しかし、それ以外に枕代わりになりそうなクッション等は見当たらない。

(……そうだわ)

 私が膝枕をすれば良い。小さい頃お姉さまにしてもらった時は安心してぐっすりとよく眠れたし、エメ兄さまは終始表情が緩みっぱなしで気持ちよさそうだった。幸い、私が彼の頭の辺りに座るのは広さ的にも問題なさそうだ。

 彼を起こさないように注意しながら、そろそろと近づいていく。手土産を机の上に置かせてもらった後で、そっと彼の頭を持ち上げて自分の体を滑り込ませた。彼の頭が落ちないように、しっかり支える。エスメラルダの曲しか知らないが、子守歌も付けたら尚良いだろうか。

 記憶を辿りながら、ゆっくりと旋律を紡いていく。蒼玉様は、少しだけ身じろいだものの眠ったままだった。

「……ん」

「蒼玉様?」

 子守歌が二番に入った辺りで、蒼玉様の瞼が動いた。声を掛けると、軽く震えた後でそうっと開く。とろりとした雰囲気の瞳が、ふわふわと揺れ動いた。

「……マリガーネット?」

「うん」

 ぼんやりしていた瞳が次第にはっきりしてきて、私とはっきり目が合った。その瞬間、かつてのお姉さまみたいに微笑んで膝の上の頭を撫でる。あの時の私は、確か、もっととねだるように頭を手の平に押し付けた……のだが。

「蒼玉様!?」

 撫でた瞬間は、目を細めてらっしゃった。しかし、次の瞬間、彼の瞳がかっと見開き、彼の体がびくりと震えて……彼は、椅子から盛大に転げ落ちた。

「大丈夫!?」

 こちらも慌てて椅子から降り、彼の頭の横に膝を付く。ぱっと見は問題なさそうだが、結構派手な音を立てていたので心配だ。

「大丈夫……驚いただけだ」

「本当に? どこかぶつけたりとか打ったりとかは」

「ああ……だから、そんな泣かなくて良い」

 彼の手が伸びて、目尻の辺りを拭われた。気づかなかったが、いつの間にか涙が出ていたらしい。

「寝起きすぐに君の顔を見る、なんて今までなかったからな」

「……ん? 膝枕に驚いたんじゃないの?」

「膝枕自体は慣れてる」

「え」

 そう言われた瞬間、心の中が凍り付いた。私がしたのは今回が初めてだし……妓女に言い寄られて青い顔していたような方が、どうして慣れているの?

「と言っても実際にしてもらったのは随分前だな。幼少期の頃だから」

「小さい頃?」

「ああ。母上がよくして下さっていたんだ」

「……お義母さま、が」

 暗く凍り付いた心が、一気に溶けていく。そうか、彼も、そうだったのか。そうだっただけなのか……良かった。

(……良かった?)

 滑り出て来た言葉に、心の中で首をかしげる。良かった……彼の膝枕の相手が、お義母さまだった事が。そう思うのは、思ったのは、つまり。

「マリガーネット?」

 思い至った結論のせいで、一気に頬が熱くなった。何かと問うた声が上ずってしまったが、大丈夫だっただろうか。

「もしかして、また新たな案を持ってきてくれたのか?」

「え、ああ、そう……寝る時だけじゃなくてその前から照明は暗めにしてた方が良いらしいってのと、体を冷やさないようにすると良いってのを聞いて」

「なるほど。じゃあ、夕飯の後は段階的に明かりを暗くしておこう」

「やってみてね。あと、城下町のお店で良い靴下を見つけたから、それも使ってもらえればと思って」

 靴下は机の上にあるので、取ってこようと思い立ち上がろうとする。しかし、彼に手を握られ引き寄せられて、阻まれてしまった。

「どうしたの?」

「それは後で頂こう。出来れば、あの」

「出来れば?」

「……してもらえないだろうか」

「何を?」

「……先程の、その」

「膝枕?」

 聞き返すと、蒼玉様はこくりと頷いた。何気なくお顔を見ると、彼の耳も赤くなっている。

「君がもう嫌だというのならば無理強いはしないが」

「そんな事ないわ。子守歌も付ける?」

「先程の歌か?」

「ええ。エスメラルダの曲なんだけど」

「君が良いなら、お願いしたい」

「任せて」

 そう答えて、もう一度椅子に座りぽんぽんと自分の太ももを叩く。蒼玉様は、一瞬だけ動きを止めた後ゆっくり頭を乗せてきた。触れる頭が、重くて熱い。

「眠れ、眠れ、いとし子よ……」

 囁くように、旋律を口にする。彼の寝息が聞こえてくるまで、繰り返し歌っていた。

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