館の養分

つきたん

名違いの館

海辺の街で、夕暮れ時から始まったチャリティー・サロンコンサート。


美しい白と青のコロニアル様式、ドイツ系アメリカ人が住んでいたとされる旧グッゲンハイム邸の空間を、音楽で満たしている。


館は、実はジェイコブ・グッゲンハイム氏ではなく、ユダヤ人ジェイコブ・ライオンス氏の住まいであった。


長年、館は、その名違いの事実に不満を抱いていた。


客たちは銘々に、チャリティーバッグにお金を入れ、出演者の演奏に目を細めた。


も落ち、仄暗い灯りの中、心地よいピアノの旋律に酔いしれる。

また、寄付を通じて被災者に希望の光を届ける喜びを、皆で共有した。


しかし、時間が経つにつれて、満席だった客たちが徐々に一人、また一人とサロン部屋の扉から出て行く。


戻る人影は無く、邸内は段々と寂しくなっていった。


ステージでは、出演者たちが出番を終えると舞台袖へと降りていった。


最後の声楽家の、情熱的な楽曲の終わり、ささやく様な歌声が邸内に小さく響いている…。


やがて、その声楽家も何処かへ消えてゆき、客も全員居なくなり、灯の点っていない館は静寂に包まれる。


庭には星空が広がり、古い建物はまるで先程までの出来事を隠すかのように、密かに佇んでいる。


いにしえの華やかさは感じられず、今宵、星屑の降る、静かな空間が広がっているだけだ。


館自体が、人々を飲み込んでしまった様に、ただ、温かな呼吸音が聞こえる。


静寂の中には、いつのものだろうか、音楽や笑い声の余韻の気配も漂っている。


これらの響きは、邸宅の壁や、庭の土塊つちくれに刻まれ、今後もこの名違いの館を、後世へ保つ養分となるであろう。


fin

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館の養分 つきたん @tsuki1207

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