おっさん、少女に酒を語る。

みかんねこ

呑めば分かるが飲んじゃだめ。

「トリあえず生!ってよく聞くけどさぁ、ビールってそんなに美味しい物なの?」


 今日も今日とてリビングのソファに寝転がる少女。

 もはや家主よりもくつろいでおり、なんならその腹の上にはこの家で飼われている猫も載っている。


 恐ろしい事に、ここの家主のいい歳した独身男性とは一切血縁が無い。

 いつポリスメンに踏み込まれても可笑しくない状況であるが、そんな状況に慣れ始めている俺がいる。


 良くない傾向である。


「ねぇーってばぁー!」


 ふにふに。


 彼女は俺が無視していることにイラついたらしく、寝っ転がったままそのすらりとした足先で俺の背中をつつく。


 やめなさい。

 人によってはそれはご褒美だぞ。

 俺は紳士だから何も感じない。

 本当だ。


「……ビールか。確かに居酒屋に行くと1杯目はビールだな。なんとなくそういうモノなんだよ、お約束と言うか」


 少女の足をぺちりと叩き、思案する。


 そう言えば、最後に誰かと居酒屋に行ったのはいつだっけか……。


 前の仕事を辞めて実家に帰ってきた後は一度もいった記憶が無いから、送別会以降飲み会らしい飲み会には参加してない事になるな。

 となるともう数年外で酒を飲んでないのか、社会不適合者感がすごいな。


「ふーん……それで、美味しいの?」


「俺はあんまり美味いとは思わん。暑い夏に冷やしたビールなら美味いとは思うが、喉乾いてるときはビールじゃなくても美味いしな」(個人の感想です)


「確かにそうだね……。じゃあ、おじさんは普段は何飲んでるの?」


 少女がむくりと起き上がり、俺の方を向いて座り直した。

 これはちゃんと会話をしたいという合図だ。

 ……まぁ、仕事もキリがいいし付き合ってやるか。


 俺もデスクからソファに移り、少女の前に座った。


「酒か。最近はもっぱらハイボールだな。奮発するときはワインかな? 若いときは甘い酒を好んでたが、あれはジュースみたいなもんだし」


 チューハイとかは今飲むと甘ったるいんだよなあ。

 嫌いじゃないけど、常飲するものではないと思う。


「甘いんだ……私が飲むならその辺からになるのかなあ?」


「なんだ、お前酒に興味あるのか? まぁ、興味があったとしても20歳になるまで我慢しとけ。法律で決まってることにはちゃんと意味があるんだよ」


 流石に未成年に飲酒を進めるほど腐っちゃいない。

 キチンとしているかはともかく、彼女にとって一番身近な大人として駄目な事は駄目だと教えてあげないといけない。


「ぶー! まじめー! つまんなーい!」


 ブーイングである。

 仕方ない、切り札を切るか。


「と言うか、お前がここに日参しているだけでもヤバイのに、酒なんか飲ませて見ろ。俺は一発でお縄だぞ……! 俺が警察に捕まってもいいというのか?」


 割と切実です。


「……確かにそれは申し訳ないね。我慢する」


 そうしてください。

 ほんとうにヤバいです。


「でも、お酒の味については教えて欲しいかも!」


 難しい事を聞いてくる。

 でもまあ、それくらいは答えてやるか。


「酒の味、か。正直、俺は酒が美味いと思ったことは無い」


 俺は酔う為に飲んでいる気がする。


「えっ!? じゃあ何で飲むの?」


「なんでやろなあ……?」


 自分でもよくわからん。

 でも、たまに無性に呑みたくなるのだ。


「大人は美味しいから飲んでるって思ってた……」


 いまいち理解が出来ないらしい少女を見て、自分もそうだったなあと懐かしく思う。

 俺も子供の頃は、酒ってきっと美味しくてたまらない物だと思っていたのだ。


 初めて飲んだ酒は甘い缶チューハイだった。


『こんなものか』と言うのが感想だった。



「……不味くて高くて体に悪い、それが酒だ。以前は百薬の長とか言っていたが、最近の研究では何もいいことがないって分かったらしいぞ」


 あの研究にはおっさんもびっくりです。


「……何で飲むの?」


「……大人はなァ、飲まないとやってられない日ってェのがあるんだよ」


 過ぎ去りし日々を思い出す。

 いい酒もあった、全てを忘れる為の酒もあった、自分の痛めつける為の酒もあった。


「……そうなんだ」


 どこか不満そうな少女を見て、一つ思いついたことがあった。

 ふむ。

 そう言う機会が来るか分からんが……───。



「話は変わるが、お前って何年生まれだっけ?」


「いきなりだね……20××年だよ!」


「うう……俺とは生まれた世紀が違うんだなあ」


「なんで自分で聞いておいてダメージ受けてるの……」






 後日。







「おじさん、その瓶は何?」


 何軒かの酒屋を巡りようやく見つけたワインを眺めていると、少女がいつものように上がり込んできた。


「これはな、お前が生まれた年のワインだ」


「……へぇ?」



「お前が成人した時、開けよう。まぁ、その時まだ俺との付き合いが続いてればだが」


 どうなるかは分からない。

 未来は誰にも分からない。


 それでも、願うくらいは許されていい筈だ。



「……うん。初めて飲むお酒は、それにする。楽しみにしてるね、おじさん」


 そう言って少女は微笑んだ。

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おっさん、少女に酒を語る。 みかんねこ @kuromacmugimikan

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