近未来動物愛護特区A

紫陽_凛

トリが見る動物愛護特区A

 2020年代、「熊がかわいそうだから殺すな」と電話を受け続けたA県においては、ことの重大さを認めた知事により熊を中心とした動物愛護条例が設けられることとなり、綱吉の「生類憐みの令」を思わせる政策が施された。すなわち熊様による熊様のための世界を生み出すために、全住民を全て県外に移住させ熊様のための地区を作ったのである。この時、家畜もペットも同伴は不可能であった。熊様以外にも、彼ら動物の権利が尊重されたからである。住民たちはそうして、泣く泣く熊様のために全てを手放して東京に移住した。

 特区Aは今も無人であると言われている。本当のところはわからない。熊の生態を観察する調査チームが組まれ、何人もの科学者が特区Aへ踏み込んだものだったが一人を除いて帰ってこなかった。その上帰ってきた一人は酷い錯乱状態の中で自死を選んだ。

 この23世紀になって作り出された秘境、それが特区Aなのである。


 そして今、一匹のトリがそんな特区Aに突入しようとしていた。鳥は実のところ、カクヨムというサーバを経営している。そしてそのサーバの中で小説を書き続けている一人の男性に逢いに行こうというのである。彼は特区Aの住所を登録しており、鳥は彼にKAC祭典の景品を贈ったこともあった。ドローンによる配達技術が発達する中で彼は景品を受け取り近況ノートにその旨を報告していた。だから、彼は少なくともこの数年は特区Aに暮らしているのだ。

 鳥は飛び立った。果てしなく遠いO山脈を目指した。

 そして木々の手入れもされない雑林を潜り抜ける時、熊様の親子が栗を食べるのを見た。彼らは二足歩行で、長く伸びた指で丁寧に栗を割り、親熊様は子熊様にそれを食べさせた。鳥は目を逸らし、再び旅立った。

 住所は頭の中にちゃんとあったから、あとは該当地点にたどり着くだけだった。

 しかし、記憶していたそこには瓦礫の家があるだけだった。カクヨムのブックカバーを掛けられた本が置かれていた。そして「ひょっとして」という鳥の予感は的中した。瓦礫の中に棲んでいたのは二足歩行の熊様で、PCに向かい何事か書きつけていた。

 カクヨムの編集画面である。鳥は電柱の上からそれを確認してそっと帰った。

 

 熊様と会話をする勇気は鳥にはなかった。

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近未来動物愛護特区A 紫陽_凛 @syw_rin

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