3 離れていた時間を埋めるように

「ご機嫌な曲を聴いてるのね」

「え?」

 彼女の触れた再生ボタン。スピーカーから流れ出す”Dance With Me”。UKのグループの曲だ。

「ああ、それは……花穂が好きだって言っていたから昨日買って来たんだ」

「あら、そうなの」

 笑みを浮かべ振り返ろうとした彼女を後ろから抱きしめる。

「どうしたの?」

「もう、何処にもいかないでよ」

 花穂がここにいることを実感したかった。

 バカ言うなと言われそうだったが、思わず想いが溢れる。


「わたしのせいじゃないわ」

「わかってる」

「違うわね、わたしの意思じゃないわ。だからもう何処へもいかない。あなたの傍に居るわ」

「約束」

 言って彼女の手を取り、ポケットから取り出した小さな宝石箱をその手に乗せた。

「あら、なにかしら」

「開けてみて」

 

 かつて、その指に誓いの証を嵌めて欲しいと言ったことがある。

 あの時は渡せないままだったが、こうして彼女がこの先も傍に居るとわかった今が渡すべき時だと思った。


「素敵なペアリング」

と花穂。

「気に入った? アンティークな細工が綺麗でしょ?」

「ええ。とても」

 振り返った彼女の綺麗なストレートの髪が揺れた。こんな時は彼女が”お嬢様”であることを実感する。綺麗な立ち姿に思わず見惚れてしまうから。

 本人は全く女性らしくないと言うが、そんなことはない。好みで女性らしさなんてものは決まらないし、自分をしっかり持って自立した人は男女関係なく美しさを放つものだ。

 ”嵌めて”と手を差し出す彼女の薬指にリングを通す。

「ふふ。綺麗ね」

 彼女は手を掲げリングを眺める。


「奏斗」

「うん?」

「嵌めてあげる」

 彼女が悪戯っぽく笑ってリングを取り出すと、奏斗はなんだかドキリとした。

「どうしたのよ。そんな顔して」

「あ、いや」

 おずおずと手を差し出すと、彼女にちゅっと手の甲に口づけられ狼狽えてしまう。

「綺麗な手」

「一応家事もしてるよ?」

「別に嫌味で言ったわけじゃないわよ。わたし、奏斗の手が好きなの」

「あ、ありがと」

 リングが薬指に通されていく。ゆっくりと。


「これで奏斗はわたしのものよ。浮気したら許さないんだから」

「そんなことしないよ」

 冗談で言っていることは分かるが、なんとなく切ない気持ちになり眉を寄せる奏斗。

「それにしても相変わらずね、あなた」

「うん?」

「奏斗の理性ってどうなってるの?」

「え?」

 言われている意味が分からず、不思議そうに彼女を見つめていると、

「久々に再開した恋人同士がすることなんて一つしかないのに」

とおもむろに腕を掴まれた。

「え、ちょっと待って」

「いやよ。待たない」


 彼女の部屋に関する要望はもう一つあった。

『寝室は一緒がいいわ。ベッドは別でもいいけれど』

 互いの部屋を持つ代わりに、寝るときは共にしようと言ったのだ。

『自分の時間は確かに大切だけれど、ご飯と寝るときはなるべく一緒にいましょ』

 社会人になれば時間が合うとは限らない。その為の配慮。

『俺は……なるべく一緒にいたい』

『わたしもそうするつもりではいるの。でもわたしの場合……』

 彼女は父の仕事を継ぐことになってる。

『そうなった時、家で仕事をしなければならないこともあると思うから』

 先のことまで考えて部屋の要望を出す花穂。それはこの先も一緒にいようと言う意思表示も思えた。


「なあ、少しはのんびり……」

「奏斗に合わせていたらおばあちゃんになっちゃうわよ」

 今日くらいはゆっくり話をしたいと思ったが、そうはいかないようだ。彼女の手には懐かしのモノが握られている。

「ちょ……落ち着こうか」

「わたしはいつでも落ち着いているわ」

「またするの、それ」

「ええ」

 花穂の目は輝いていた。

 

 以前、妹の風花から言われた言葉を思い出す。

『プライド高そうな割には、いいなり男子だもんね。お兄ちゃんは』

 花穂が拘束プレイにハマった原因の一端が自分にないとは言い切れない。


──ああ、もう!

 認めるよ、認めますよ。


 奏斗は心の中で降参宣言をすると諦めたのだった。

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